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03 二人の馴れ初め

 コレーは懐から懐中時計を取り出し、そっと机に置きました。


 「この時計が、ベンヌ様と私を引き合わせてくださいました」

 「ほほう! アンティークの懐中時計ですか!」


 かなり古びた懐中時計でした。手入れが悪かったのか、銀細工はところどころ腐食しております。星空をイメージした文字盤も、埋め込まれた宝石の一部が欠け落ちています。

 ですが、時計そのものは生きていました。コチコチと、心地よいリズムで針を刻み、時刻を正確に示しているようです。


 「私の曽祖父の代から伝わっているもので、父の形見でもあります」

 「手に取ってもよろしいですか?」

 「どうぞ」


 少年はポケットから取り出したハンカチで、時計を包むようにして手に取りました。


 「おや、思ったより軽いですね」

 「お陰で、女の私でも取り扱いが楽で助かっています」

 「なるほど」


 少年は興味深そうに、時計をためつすがめつ眺めています。


 「ろくに手入れもしておらず古びてしまいましたが、もとはよい時計だったそうです」

 「そのようですね。ああ、これはベンヌ殿が興味をひかれそうですね!」


 機械いじりが大好きだったベンヌは、ことのほか時計に興味を持っていました。私的なコレクションとして古今東西の時計を集め、その修理と研究に余念がなかったほどです。


 「動かなくなった時計を修理に出そうとしたのですが、もう修理できないとどのお店でも断られまして。途方に暮れていたら、ベンヌ様が声を掛けてくださいました」


 もう動かない時計を手に、公園のベンチで呆然としていたコレー。

 そこへ、たまたま通りかかったベンヌが声を掛けてきて、見せてほしいと言ったそうです。


 「もう動かないのです。それでもよろしいですか?」


 コレーが時計を差し出すと、ベンヌは真剣な表情で時計を調べました。


 「私なら直せるかもしれない」


 しばらくして、ベンヌは真面目な顔のままコレーに告げました。


 「本当ですか?」

 「まあ、開いてみないとわからないが」

 「あの、もしよろしければ、直していただけませんか。父の形見なのです」


 できる限りのお礼はします。ですからどうか。

 コレーの真摯な頼みにベンヌはうなずき、預かり証代わりに彼の時計を預けて行きました。


 「預かった時計を見て、驚きました。平民が手にできるようなものではありませんでしたから。それをポイと預けていくなんて、どこのお貴族様かと、少々怖くなりました」

 「おや、ベンヌ殿は名乗らなかったのですか?」

 「はい」

 「コレー様も、名を尋ねもしなかった?」

 「はい……つい、うっかり……」

 「名乗りもしない通りがかりの男に、形見の時計を預けるとは。なかなか勇気がいりそうですが」

 「ええ、今思うと。ただ、あの時は私も必死で。直るのならどうか、と……その一念でした」


 二週間ほどして、ベンヌは修理を終えた時計を返しに来ました。

 動くようになった時計を見て、コレーは涙を流すほど嬉しく思いました。できる限りの謝礼をと、手持ちのお金をかき集めて渡そうとしました。

 ですが、ベンヌはそれを受け取りませんでした。


 「いらない、と言われまして。実に楽しい二週間だったから、それで十分だと」

 「楽しい?」

 「中は結構壊れていたそうです。部品を削り出すところからやったと。それが楽しくて仕方なかった、と子供の様に笑っておられました」

 「うーん、ベンヌ殿らしいですね」


 とはいえ。

 「そうですか、ではありがとうございます」と受け取れるほどコレーは図太くありません。どうにかお礼をしなければと、あれこれ思い悩みました。


 「その公園には、ベンヌ様がよくいらしているようでしたから。何日か待ち伏せして、もう一度会えた時に、せめてもの気持ちと、手作りのスコーンを差し上げました」

 「なんと、次はスコーンですか!」


 少年は感心したようにうなずきました。


 「それはいい狙いでしたね! ベンヌ殿は、スコーンが大好物ですから!」

 「ええ、目を輝かせて食べてくださいました」


 それから、ベンヌとコレーはよく会うようになりました。

 仕事に煮詰まった時、気晴らしで公園を散歩する。そう聞いたコレーは、ベンヌが散歩をしそうな時間には公園へ行くようにし、会えた時は手作りのスコーンを食べながら他愛ない会話に興じました。

 それが何度か続くと、ベンヌもコレーを意識し始め、気晴らしではなくコレーに会いに公園に行くようになりました。


 散歩がてらの雑談は、いつしか二人の逢瀬となりました。

 ベンヌに連れられてこのカフェへと通うようになると、逢瀬の場所は公園からカフェとなりました。

 その逢瀬が密会となるのに、さほど時間はかかりませんでした。出会って半年で、二人は男女の仲となりました。


 「私がベンヌ様の素性を知ったのはその後で……本当に驚きました」

 「これはこれは。まるでおとぎ話のような、美しい恋物語ではありませんか」


 少年は小さく笑い、時計をコレーに返しました。

 コレーは穏やかな笑みで、受け取った時計をそっとなでます。


 「ええ、とても……幸せな時間でした」


 時計をなでながら、今にも泣きそうな顔で笑うコレー。その切ない笑顔に、少年は「ふむ」とうなずきます。


 「ひとつ、お聞きしたいのですが」

 「はい、なんでしょう?」

 「お二人が男女の仲となるとき……誘ったのは、ベンヌ殿ですか?」


 少年の問いに、コレーは真っ赤になってうつむきました。


 「お、お話せねばなりませんか?」

 「私としてもこのようなことを聞くのは無粋とわかっておりますが……ベンヌ殿から誘ったのだとすれば、少なくともコレー様がたぶらかした、という点は否定できるかと」

 「そ、そういうことですか」


 少年が問うた理由にうなずきはしたものの、コレーはもじもじと話しにくそうにしています。

 それはそうでしょう。男と女が愛し合った、その時のことを他人に話すなんて、普通はしないのです。「お話しできません」と断ったところで何の問題もありません。

 ですがコレーは、しばらく悩んだ末に、口を開きました。


 「父が残した、多くの本や資料がありまして……それを処分したいと相談したら、一度見せてほしいと言われました」

 「書籍、ですか」

 「はい。古い機械の歴史なんかを調べていて、それに関する本や資料がたくさんあったのです」

 「なんとなんと、機械の歴史! これまたベンヌ殿がお好きそうなものですね!」

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