14.襲撃者
退屈な儀式も、まもなく終わり。
どうにか居眠りせずに済みそうだと、シルヴィアがほっと息をついたとき。
少し離れたところに座っていたアウラが、静かに立ち上がりました。
(え?)
立ち上がったアウラは、そのまま祈りを捧げる国王と王妃の方へと歩き出しました。貴族たちが何事かとざわめきます。ざわめきに気づいた王妃が振り返り、近づいてくるアウラを見て眉をひそめました。
アウラは歩みを止めません。
ざわめきも、王妃の非難がましい視線も、意に介さぬという感じです。その美しい顔には、険しい表情が浮かんでいます。
(なにか……あった?)
シルヴィアがぎゅっとドレスの端を握った時。
アウラは祭壇を背に立ち止まると、扇子を持つ手をまっすぐに伸ばし、よく通る美しい声を上げました。
「侵入者を感知。北西、北東、南東の三方向より来ます。警備隊、戦闘準備を」
は? と。
シルヴィアを始め、ほとんどの人がぽかんとしたのとは対照的に。
シュウゲツは、アウラの言葉が終わるや否や、剣を手に国王へと駆け出していました。
さすがの一言です。
「警備隊、何をぼやぼやしている! 剣を取らんか!」
シュウゲツの一喝で、警備隊が慌てて動き始めました。緊急を告げる鐘が鳴り、ぽかんとしていた貴族たちが慌てた様子で腰を浮かせます。
シルヴィアの殺害予告については知らされていた貴族たちですが、まさかこのタイミング――儀式の最中の、最も警備が厳しい時に来るとは予想もしていませんでした。慌てるのも無理はありません。
「シルヴィー!」
「殿下!」
ジルとマリーに声をかけられ、シルヴィアもようやく我に返りました。
「逃げるよ。マリー、シルヴィーを頼む」
「はい! 殿下、お手を!」
そうです、ぐずぐずしてはいられません。
殺害を予告されているのは、シルヴィアなのです。一刻も早く安全な場所へ避難しないと、ジルやマリーにも危害が及んでしまいます。
シルヴィアがマリーの手を取ったのと、爆発音が響いたのは、ほぼ同時でした。
爆発が起こったのは、神殿がある北側です。爆炎が上がり、二手から――アウラの言う通り、北東と北西から――襲撃者が現れました。
その数、十数人。
決して多くはありませんが、全員が手に剣を持ち、すでに抜いています。
シュウゲツが、国王と王妃を守るべく抜刀し、侵入者と対峙しました。
「痴れ者が!」
獅子のような咆哮とともに、シュウゲツがあっという間に四人の侵入者を斬り伏せました。相手がシュウゲツと分かり、襲撃者たちがひるみます。その隙を見逃さず、シュウゲツが一気に踏み込んで、さらに三人を倒しました。
「よし、行くよ」
襲撃者たちが後退したのを見て、ジルがマリーとシルヴィアを促しました。二人はジルにうなずき返し、控室に向かって走り出そうとしました。
「お待ちください」
そんなシルヴィアたちを、アウラが制しました。
険しい顔のまま南東を睨んでいます。ピリピリとした空気をまとい、まさに戦闘態勢といった様子です。
「どうした?」
「来ます」
ジルの問いに、簡潔に答えたアウラ。
なにが、とジルが問い返そうとした時。
「ほう、気付いたか」
アウラの声に応えるように、硬い響きの男の声が聞こえてきました。
ぎょっとしました。思いの外、近いところからです。
逃げていく貴族の人混みの中、悠々とした足取りでやって来る三人の男が見えました。どういうわけか、誰も三人には気づいていないようです。それどころか、三人の邪魔をしないよう道を開けているようでもあります。
(なに、この人たち……)
シルヴィアは、うなじのあたりがひんやりしてきました。三人から、何か妙な気配を感じます。
三人とも、中世の騎士が着る、サーコートのような服を着ていました。縦に三色、黒、緑、黒と塗り分けられた奇妙なデザイン。手に持つ短剣もそろいの拵えで、あまり飾り立てていない、実用一辺倒という感じです。
三人は少し離れたところで立ち止まると、同時にシルヴィアを見つめました。
ゾクッ、とシルヴィアの全身に悪寒が走ります。三人から放たれた冷たいものが、シルヴィアの全身を包み、世界から音が消えました。
怖い、と思いました。
もしかしたら、これが殺気というものなのでしょうか。恐怖で体が震え出し、体が竦んでしまいそうです。気がついたら、シルヴィアはマリーの手を力いっぱい握っていました。
「殿下?」
顔を青ざめさせたシルヴィアに気づき、マリーが声をかけます。シルヴィアは返事をしようとしましたが、歯の根が合わず声を出せません。
三人は、ふん、と鼻で笑うと、シルヴィアからアウラへと視線を移しました。
「たいしたものだな。風家当主代理の肩書、伊達ではないということか。少々手順が狂ったよ」
アウラは返事をせず、静かに男たちを見つめています。
そんなアウラに代わり、ジルが男たちに問いかけました。
「何者だ」
「お目にかかることができ光栄です、ジル殿下」
ジルの誰何に、男たちは丁寧な一礼を返しました。
「我ら、王家と王国に真の忠義を捧げる者。卑しき雑兵の身ゆえ、名乗らぬことお許しください」
「名乗りもせぬ者に忠義と言われてもな」
ジルの呆れた言葉に、男たちは無言でした。
「で、ここへ何をしに来た。儀式の最中だぞ」
「王女を騙る罪人に、鉄槌を下さんがためでございます」
男たちは冷たい目をシルヴィアに向けました。
先ほど感じた冷たいものとは違う、見下すような、剥き出しの害意が込められた視線に、シルヴィアは息を呑みます。
「再三の警告にも応じず、王宮に居座り王女を気取る小娘が。その罪、万死に値する」
「ふざけるな! シルヴィアは私の妹だ!」
激昂したジルが前に出ようとします。
それを、アウラが再び制しました。
「殿下、素手で戦うおつもりですか?」
鍛錬は怠っていないジルですが、身分は王子、守られる立場です。身につけているのはあくまで護身術。しかも今は寸鉄も帯びていません。短剣を手に殺意を隠そうともしない男三人を相手にするなんて、無謀というものでしょう。
「それに、少々おかしなことが。警備隊の者が、誰一人ここに駆けつけておりません」
言われて初めて気づきました。
ジルとシルヴィア、警護対象の王族が二人もいるというのに、警備隊員が来る様子はありません。
「さて、この男たちがどのような手品を使ったのか」
アウラが、ゆるりと扇子を翻しました。
「まずはそれをお伺いしなければなりませんね」




