06.猪突猛進
アウラのために用意された控室は、城の三階にありました。
国王一家の控室も同階とあって、警備は格段に厳しくなっています。廊下の要所要所に配置された衛兵が、アウラが通り過ぎるたびに敬礼をし、その美しい後ろ姿を見送りました。
「さすがに厳重ね」
「あんな物が届いていますからね」
あんな物。第三王女シルヴィアの殺害予告。
その知らせが届いたと聞いて、風家当主であるノトスも驚いていました。その直後に「その手もあるか」と笑っていたのは秘密です。
「陛下は激怒なさったそうね」
「ジル殿下も、相当なお怒りだったそうですよ」
「ふふ。溺愛っぷりは、聞いているわ」
アウラは微笑んで立ち止まると。
控室の前で花束を手に待ち構えていた、どこか軽薄そうな色男に優雅な一礼をしました。
「これはジル殿下。ごきげんよう」
「やあ、アウラ嬢」
アウラの礼に、ジルも優雅な一礼を返します。ヴィアー男爵とは雲泥の差の、敬意のこもった美しい礼でした。
「ご婦人を待ち構えるなど失礼とは思いましたが。そこは同級生のよしみでお許しいただきたい」
「かまいませんわ。何かご用でしょうか?」
「王子という地位を利用して、風家当主ご婚約者殿の、美しきご尊顔を拝しに」
「まあ。相変わらずのようですね」
ジルの浮名は王立アカデミーでも流れています。美しい女性が現れて見にきた、そういう行動を取っても、いまさら非難する人はいないでしょう。
賢いお方です。人を見た目で判断してはならないという好例でしょう。
「立ち話もなんですから。どうぞ、お入りください」
「いやいや、さすがにそこまでは。こちらをお渡しして失礼します」
花束を軽く掲げ「近づいても?」と尋ねるジルの視線に、アウラはうなずき、コノハは一歩下がりました。
「ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ところで」
まさに花束を手渡す、そのタイミングでジルが声を潜めました。
「今回の一件、風家の謀略ではありませんよね?」
「あらあら」
気分を害した様子もなく、アウラはふわりと笑います。
建国祭は退屈だから抜け出したい――シルヴィアはその愚痴を、ジルには漏らしていたようです。なんのかんの言って、仲の良い兄妹なのでしょう。
「いくら風家でも、その程度のことでここまで大げさなことはしませんわ」
アウラは目を細めます。
「それに、僕ならもっとシンプルにやる。わが君はそう苦笑しておりました」
「ほう?」
例えばどのように、と目で問うジルに、アウラは笑顔のまま答えます。
「シュウゲツ様に恥をかかせる気かと、ご本人に言えばそれで済むと」
月家代理当主シュウゲツ。
四大侯爵家の中で、最大の力を持つ月家の代表。
シルヴィアが西都で暮らしていたときに、親代わりとなって育ててくれた人です。ゆえに、シルヴィアが退屈だからという理由で建国祭を抜け出せば、「どんな育て方をしていたのだ」とシュウゲツが非難される――あのおてんば王女には、それが一番効くのです。
「その上で、シュウゲツ様に目を離さないでくれと頼めば完璧だと」
「確かに」
ジルが人好きのする笑顔を浮かべ、一歩下がりました。
「失礼しました。少々考え過ぎたようです」
「妹思いの、優しいお兄様ですね」
「可愛がり過ぎて、ウザくてキモイと言われてしまいましたがね」
「まあ。女の子の扱いには長けていらっしゃるはずなのに」
「少し自惚れていたようです。まだまだ修行が足りませんね」
では、失礼します。
一礼し踵を返したジル。その背中に、アウラは声をかけます。
「ご安心ください。風家の名にかけて、シルヴィア殿下はお守りいたしますわ」
「ええ、よろしくお願いします」
ジルは振り返らぬまま立ち去りました。
「アウラ様。ご当主は、本当にあのような事を言っておられたのですか?」
控室に入ると、コノハがアウラに問いかけました。
「いいえ。その手もあるか、でも手間がかかりすぎるな、とおっしゃっただけよ」
「では、アウラ様のお考えで?」
「そうね。でも、間違ってはいないはずよ」
「でしょうね。私も納得しましたから」
「風家は王家を守る者。殿下の御心を煩わせるものは、ひとつでも減らしておきましょう。それにしても……ふふふ」
「どうなさいました?」
笑いをこぼしたアウラに、コノハが首をかしげます。
「いえ。風家相手に正面からなんて。案外、猪突猛進な方なのかしら?」
「少なくとも、情熱的なお方ではあるかと」
「女の子が騒ぐはずね。ジル殿下の心を射止めるのは、どんな方でしょうね」
キラリ、と光が踊りました。
窓の外で何かが光を反射したようです。アウラとコノハが同時に顔を上げ、壁に目をやります。
もう一度、光が踊りました。
一瞬だけ、壁に何かの模様が浮かび上がります。すぐに消えてしまい、二度と光が踊ることはありませんでしたが、アウラやコノハにはそれで十分でした。
「どうやら、役者がそろうようですね」
「ええ」
アウラはうなずくと、ソファーに腰を下ろしました。
光は、風家の諜報員が使う、暗号通信文。
伝えられたのは、今日の建国祭に関する重要な情報。
花家ご当主、本日の建国祭に参加。
待ち望んでいた情報に、アウラは静かな笑みを浮かべます。
「ようやくお会いできるのですね、シヴァンシカ様。楽しみですわ」




