04.風家当主の婚約者
城を揺らすような、大きなどよめきが響いてきました。
王宮正門のあたりからです。何事かと思いシルヴィアたちが窓に駆け寄ると、正門前に停められた立派な馬車から、一人の女性が降りたところでした。
「お、今日の主役が到着したね」
馬車から降りた女性を見て、ジルが小さく口笛を吹きました。
ふんわりとした明るい金髪の、かわいらしくも美しい女性でした。
身に着けているのは、異国風のゆったりとした衣装。色はスノーホワイト、縁取りはコバルトブルー。髪に結わえた長くて細いリボンも、縁取りと同じコバルトブルーです。
「あの方が、風家の?」
馬車に刻まれた家紋を見て、マリーが息を呑みました。
四大侯爵家がひとつ、風家。
その当主の婚約者、アウラ=ヴィアー。
その存在は数年前から噂になっていましたが、今日の建国祭でいよいよお披露目というわけです。
「供は一人か。大胆だね」
たくさんの見物人が押し掛ける一大行事です。護衛のため四、五名の供をつけるのが普通ですが、アウラは、ダークブラウンの髪をシニヨンにまとめた、スーツ姿の女性一人を連れているだけでした。
「よほど腕が立つのか、警備を信頼しているのか。いずれにせよ、大した肝っ玉だ」
「変わったお召し物ですね」
「あれは確か、東方の国で貴婦人が着るものだね」
マリーのつぶやきに、ジルがすぐに答えました。さすがというか、なんというか。
「お兄様、あれは仙女服というそうです」
「センニョ? なんだいそれは」
「東方には仙人と呼ぶ神様がいて、女性だと仙女と呼ぶそうです」
「へえ、神様」
シルヴィアの言葉に、ジルがニヤリと笑いました。
「ひょっとして、自分を神になぞらえ、風家が国王の上に立ってみせるという意思の表れかい?」
「お兄様、めったなこと言わないで。あの方は風家当主の婚約者ですよ」
月家が、民を守ることを至上の使命とするように。
風家は、王家を守ることを最大の使命としています。そんな風家に嫁ぐ者が、王の上に立つなどと考えるはずがありません。
「今日はどうせ見世物なのだから、皆さまを楽しませて差し上げないと、て言ってました」
「つまり、国家行事で女神のコスプレしてる、てことかい? たいした度胸だねぇ」
その試みは成功のようです。
異国の衣装を着た、女神を思わせる美女の登場に、見物人はやんやの喝采です。さすがは風家当主の婚約者、なんて声が聞こえてくるようです。
「あの、殿下は、あの方をご存じだったのですか?」
「ええ。ちょっときっかけがあって、ね」
マリーの問いに、シルヴィアは笑顔であいまいに答えました。
本当はシルヴィアが強引に屋敷に押し掛けて面会したのですが、それは内緒ということで。
「僕も知っているよ。なにせ同級生だからね」
「えっ! あの方、王立アカデミーの学生なんですか?」
「そ。まあ、学部は違うけどね」
王族や有力貴族の子弟も通うエリート大学、王立アカデミー。
ジルはその法学部に在籍しています。教育学部に在籍するアウラのことは「見知っていた」という程度でしたが、数カ月前にちょっとした事件があり、アウラが風家当主の婚約者であると知ったのです。
「いやしかし、同い年とは思えない貫禄だねぇ。僕があの立場なら、オドオドしちゃいそうだよ」
見物人の歓声に笑顔で手を振り、優雅に歩くアウラを見てジルが感心します。
「ええ本当に。たいしたお方ですね」
「うかうかしていると、王家を乗っ取られてしまいそうだ」
「ですからお兄様。めったなこと言わないで」
たとえ軽口だとしても、有力貴族――それも四大侯爵家当主の婚約者について、王子が言っていいことではありません。
「おっと失言。忘れておくれ、わが妹よ」
ジルは肩をすくめると、きびすを返しました。
「さて、かわいい妹の晴れ姿も見たし、戻るとするか」
「ええ。とっととお戻りください」
「うう、言葉の端々に満ちる棘……しかしそれがわが妹の照れ隠しだと思うと、可愛らしさが倍増するなぁ」
「お兄様、ウザくてキモイです」
「こらこら、王女がそんな言葉を使ってはいけないよ」
言わせたのはあなたでしょうが、という言葉はどうにか飲み込み、シルヴィアはぷいとそっぽを向きました。
「シルヴィー。今日は何があっても、僕が君を守るから」
「え?」
「かわいい妹を殺そうとする奴なんて、僕は許さない。この手で八つ裂きにしてやるさ」
ジルの口元には笑顔が浮かんでいますが――目は笑っていません。その真剣さに、シルヴィアは思わず息を呑みました。
「マリー、賊が襲ってきたら、シルヴィーを連れてすぐに逃げるんだ。いいね、決して戦うんじゃないよ」
「はい、承知しております」
「うん、いい子だ。今度デートしようね」
そんな軽薄な言葉を残し、ジルは控室を出て行きました。
その後ろ姿を見送りながら、シルヴィアは「もしかして」と思います。
ジルは、まだ十歳の妹が怖がっていないか、心配して様子を見に来てくれたのでは、と。




