02.学院の王子様
「殿下、お茶をお持ちしました」
「え、マリー?」
ティーカップを乗せたお盆を手にやってきた、少し年上の女の子を見て、シルヴィアは驚きました。
マリー・シャノン伯爵令嬢。
シルヴィアが通う中等学校・魔術学院の最上級生で十五歳。学校ではシルヴィアの付き人兼護衛として、色々と面倒を見てくれている先輩です。生真面目すぎるのがタマにキズですが、面倒見の良い先輩として、下級生にはとても人気のある女の子でした。
ちなみに「魔術学院」という校名ですが、魔術の授業はありません。五十年前、「大当主」と呼ばれる月家当主アキナによって魔術は封印されていまい、ごく一部の人を除いて使えなくなってしまったからです。
「あなたがお茶を入れてくれたの?」
「はい。殿下のお好きなハーブティーですよ」
「トノハはどうしたの?」
王宮でのシルヴィアの世話役には、トノハという立派な侍女がいます。なぜ彼女ではないのでしょうか。
「王宮の警備主任に急に呼ばれたそうです。殿下がお待ちとのことでしたので、私が代わりました」
「もう、立場を考えて。あなた伯爵家のご令嬢なのよ」
学校の食堂で、お茶を入れてくれたりお菓子を取ってきてくれたりと、献身的に仕えてくれるマリー。それにけっこう甘えて、ムチャぶりをして楽しんだりしているシルヴィアですが。
それは学校という、身分は関係ないという建前の場所だからです。ここ王宮で、有力な伯爵家の令嬢にお茶を入れさせるなど、王女といえどあってはならないことです。
「私が叱られちゃうじゃない」
「大丈夫ですよ。本日はこの通り、殿下の警護役ですから」
シルヴィアの前にティーカップを置くと、マリーは嬉しそうに胸を張りました。
マリーが着ているのは、ドレスではなく、騎士見習い用の正装でした。
卒業したら騎士となって王国軍に入りたい、常々そう言っているマリーです。今日一日だけのこととはいえ、騎士の一員として王女の側に立つことが嬉しくて仕方ないのでしょう。
「すごく似合ってる。さすが学院の王子サマね」
「あの、王子様はやめていただきたいのですが……」
「だって、かっこいいもの。私の自慢の先輩ね」
「あ、ありがとうございます。ええと……お茶、どうぞさめないうちに」
「ありがとう。遠慮なくいただくわ」
照れ臭そうなマリーに礼を言い、シルヴィアはハーブティーを口に運びました。
「うん、おいしい」
毎度のことながら、マリーには感心します。本職の侍女にも負けないおいしさです。この一杯を入れるための細やかな配慮が伝わってきます。
「いつも思っているんだけど。あなた、騎士じゃなくて文官を目指せばいいのに」
お茶ひとつ取ってもそうですが、マリーは気配りが細やかで、万事に丁寧なのです。成績も文武両道で常にトップクラス。字も綺麗で、裁縫や料理、楽器といった貴族女子のたしなみといわれるものも、かなりの腕前です。
そしてなにより、由緒正しいシャノン伯爵家のご令嬢です。騎士として戦場へ出るよりも、文官として王宮で働く方が、よほど望まれているでしょう。
「父にもそう言われるのですが……」
でも騎士になりたい、というのがマリーの子供の頃からの夢でした。
「文官だったら、私の側仕えになってもらえるのに。興味はない?」
西都から王都へ引っ越してきて、まもなく一年半。王宮暮らしにもだいぶ慣れましたが、西都でのびのびと育ったシルヴィアにとって、窮屈なところであることに変わりはありません。
だから、気のおけない人がそばにいてくれたらと思うのですが。
「そう言っていただけることは、とても光栄なんですが……すいません、私は、どうしても騎士になりたいのです」
騎士になりたい。
その夢を抱くことになったきっかけが、他ならぬ月家代理当主シュウゲツ――シルヴィアの育ての親――への憧れとあっては、シルヴィアも強く反対できません。
「そう。仕方ないわね、マリーの夢だもの。ならいっそ、近衛隊に入れるようがんばって。私の警護担当になってもらうから」
「はい! がんばります!」
ぱぁっと顔を輝かせた、マリーを見て。
本当に可愛らしい人だなあと、シルヴィアは頬をほころばせました。




