09 突然の来訪者
テラスからの「ご挨拶」と、こっそりと屋敷の玄関に招き入れられた両親との対面を終え、アウラとニンリルは少し遅い昼食となりました。
「はぁ、疲れた……」
「ふふ、ご両親、泣いて喜んでいたわね」
「ああもう、恥ずかしいなあ」
美しく着飾った娘の姿に、泣いて喜んでいた両親。ニンリルは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の複雑な気持ちです。
「ふふ、ドレスを着ただけであれなら、花嫁衣装を着た時はどうなるのかしらね」
「きっと大号泣でございましょう」
アウラの言葉に、コノハもほほえましそうに笑います。
その前に「お前に娘はやらん!」とかいうイベントがありそうだな、と思いつつ、ニンリルはナイフとフォークを手に取りました。
昼食は、ドレス姿のまま食べることになりました。
いい機会だから、テーブルマナーの実地研修といきましょう、というわけです。
汚したらどうしようと不安がるニンリルに、「そのドレスは差し上げますわ」とアウラはこともなげに言いました。こんな高価なものはもらえないと断ったのですが、「どうせ私には似合わないから」と言われてしまいます。
確かに、このかわいらしいデザインは、アウラにはちょっと合わないかもしれません。
クリーニングも保管もしてくれるというので、ニンリルは恐縮しつつドレスをもらうことにしました。
昼食は、全七品のごく一般的なコース料理でした。少し変わっていたのは、メインとなる肉料理に、ニンリルが持参した牛肉の煮込みが付け合わせとして使われていることです。
スープはスプーンですくい、皿を手に取って食べたりしない。
ナイフやフォークは、置かれている外側から使う。
食べている途中なら八の字に置き、食べ終わったらそろえて置く。
そんなマナーを教えてもらいながらの昼食は、楽しく、かつ、ためになるものでした。
「はあ、お腹いっぱい」
最後のコーヒーを飲みながら、ニンリルは息をつきました。
コルセットでお腹が圧迫され、いつもの八分目ぐらいで満腹になってしまいました。毎日おいしいものを食べてうらやましい、なんて思っていたのですが、貴族は貴族で大変そうです。
「さて、午後はどうしましょうか。少しお昼寝してもいいかもね」
「だとしたら着替えたいなぁ。ちょっと窮屈で」
「あら、とても素敵なのに。もっと色々なドレスを着せたいくらいよ」
「ええ、勘弁してよぉ」
ニンリルが「あははー」と乾いた笑いを浮かべた時でした。
失礼します、と言って侍女の一人が顔を見せました。
コノハを手招きし、何やら耳打ちします。ピクリ、と眉を動かしたコノハが、一礼して食堂を出ていきました。
「何かしら?」
アウラが首をかしげます。
何かトラブルがあったのだろうかと、アウラとニンリルが顔を見合わせていると、まもなくコノハが戻ってきました。
「アウラ様、お客様です」
「お客様?」
今日はニンリルとのお茶会の日です。突然のお客様はお断りするはずなのに、コノハはそうしませんでした。
「どちら様?」
「第三王女、シルヴィア様です」
「王女殿下?」
なぜに、という顔でアウラがコノハを見返すと、コノハが咳払いをしました。
「その……本日、ノトス様とデートをしていたとのことで。近くまで来たのでご挨拶に、とのことです」
「……は?」
一瞬、キョトンとしたアウラですが。
みるみる顔が険しくなっていきます。
「それで、わが君は?」
「女子会だから来てはダメだと言われている、と言っていたから庭に置いてきた、とおっしゃっております」
「……逃げましたね」
ボソリ、とつぶやいたアウラ。震え上がるほど怖い一瞬でした。
「それで、殿下は単身乗り込んできた、と」
「そうなりますね」
どうします、とコノハがアウラに目で問いかけます。
ノトスとアウラの婚約は公然のものとはいえ、まだ正式な婚約発表をしていません。そのため、アウラはいまだ「さして有力でもない男爵の娘」という立場です。突然の訪問とはいえ、第三王女を追い返すようなことはできません。
「ええと……私、帰った方がいい?」
「いいえニンリル。むしろ同席してくださいな」
アウラが「にっこり」と笑いました。
ゾクリ、とニンリルの背中が震えます。「アウラは本気で怒ると笑うからな」というノトスの言葉を思い出し、ひえぇ、と声を上げそうになりました。
「ちょうどいいわ。ニンリルを紹介して、今後のご支援をお願いしましょう」
「え、あの、私、今で十分だけど……」
「ニンリル、いいから私に任せなさい」
「は、はいっ!」
こ、怖い!
ニンリルは救いを求めるようにコノハを見ましたが、コノハは申し訳なさそうに一礼するだけです。
『どうか主が暴走したら、止めてください』
そう言われているような気がするのは、気のせいでしょうか。
「コノハ、殿下を二階のテラスへご案内してください。ニンリル、あなたは私と一緒に来て。お化粧を直しましょう」
みてなさい、むしり取ってやるんだから。
そんなアウラのつぶやきは、聞こえなかったことにするニンリルでした。




