08 浮気者
下町の西側に来たノトスは、まもなく、重大なことを忘れていたと気づかされました。
「お腹、空いちゃった」
シルヴィアの訴えに、少し早いけど昼食にしようと、ノトスはお気に入りの屋台へと連れて行きました。
「何のお店?」
「スプリングロールだよ」
ここで揚げたてを買い、隣の屋台で売っているジャスミンティーと一緒に食べるのが最高なのです。
「熱いから、やけどに気を付けて」
「うん……はふ……あ、これおいしい」
はふはふと、おいしそうに春巻きをほおばるシルヴィアは、子供らしい笑顔を浮かべていました。
楽しんでくれているようで何よりと、ノトスはホッとした気持ちになります。このままいけば、来週の建国祭は大人しくしていてくれるでしょう。
ですが、トラブルは思わぬ方向からやってきました。
「あ、ノトスが浮気してる!」
ぶほっ、と危うくジャスミンティーを吹き出しかけて、ノトスは慌てて口を押えました。
振り返ると、ニンリルを大将と仰ぐいらずらっ子たちが、険しい目でノトスを見ていました。
しまった忘れてた、とノトスは冷や汗をかきました。
下町の西側は、ニンリルが住む場所です。
有名なお惣菜屋の看板娘として知られているニンリル。ノトスは、なぜかそのニンリルの彼氏ということになっており、わりと顔を知られています。
「あー、ノトスひどい! ニン姉ちゃんがいるのに、他の女の子とデートしてる!」
「浮気だ、浮気だ!」
「ゲスやろうだー!」
「キチクだー!」
意味も分からず言ってるだろ、と突っ込もうとしたら、シルヴィアに袖を引っ張られました。
「どなた? ノトスくんのこと、とても正確に理解しているようだけど」
「あのですね……」
「ふふ、冗談よ。それで、お友達?」
「行きつけの総菜屋の、看板娘の手下、だよ」
「総菜屋の看板娘……ふうん、なるほど」
楽しそうに笑うと、シルヴィアは帽子を取り、騒ぎ立てている子供たちに笑いかけました。
「こんにちは。ノトスくんの浮気相手の、シルヴィアです」
「いや、違うでしょ!」
「あら、じゃあ本命にしてくれるの?」
「……なんでそうなる」
クククッ、とおかしそうに口を押えて笑うシルヴィア。
そんなシルヴィアを見て、子供たちは、ぽかん、とした表情になりました。
「ん、どうした、お前ら?」
様子がおかしい子供たちに、ノトスが声をかけると。
「うわー……お姫様だー」
「うん、お姫様だー」
「キレーイ!」
「きれい、きれい!」
まさかシルヴィアの正体に気づいたのか、と冷や汗が出ましたが、そうではなさそうです。
純粋に、シルヴィアの美貌に感心して「お姫様」と言っているだけでした。
「あら、ありがとう」
シルヴィアは余裕の表情で笑みを浮かべ、帽子をかぶり直しました。
たいしたものだなあ、とノトスはシルヴィアの態度に感心してしまいました。これが王族の気品というやつかもしれません。
「これ、浮気じゃないんじゃない?」
「たぶん、ノトスくんはお供だね」
「げぼく?」
「つかいっぱ?」
「……お前ら、聞こえてるぞ」
ノトスが不機嫌そうに突っ込むと、子供たちは楽しそうにケラケラと笑いました。
「んで、お前らは何してるんだ?」
「お屋敷に遊びに行ったんだけど、人がいっぱいだったから、港に行くところー」
「人がいっぱい? 何かあったのか?」
下町でお屋敷と言えば、アウラが住むあの屋敷のことです。
そこが人でいっぱいとは、何か事件でもあったでしょうか。ノトスとしては気になるところです。
「お姫様が二人いてね、みんなが見に行ってるの」
「アウラ様と、もう一人誰だろうね? かわいかったー」
「私もあんなドレス着たーい!」
どうやら屋敷のテラスに着飾ったご令嬢が出てきて、町の人に手を振って愛想を振りまいた、ということのようです。
(……二人?)
本日のアウラの予定は、ニンリルとお茶会のはずです。
そして、ドレス姿のご令嬢が二人となれば、必然的にもう一人は……。
「あら、私も見てみたいわね」
子供たちの話を聞いて興味を持ったのか、「本物のお姫様」が目を輝かせました。
「行きましょう、ノトスくん」
「え、あ、いや、今日はちょっと……」
女子会ですから、ノトス様は来てはダメですよ。
昨日、アウラには笑顔でそう念押しされています。
それなのにのこのこと屋敷へ顔を出せば、どんな扱いを受けるかわかりません。
「ひ、人がいっぱいみたいですし……違うところに行きません?」
「イ・ヤ♪」
ノトスの提案を、シルヴィアは満面の笑顔で却下しました。
「ぜひ、お姫様を見てみたいわ。後学のためにも、ね」




