05 デートの始まり
ニンリルが着替人形の素材として拉致されたのと同時刻。
王都メインストリートから下町へと通じる道の入口に、一人の少年がたたずんでいました。
癖のある黒髪に、少女のような雰囲気の顔立ち。
白いシャツに濃い緑のズボンとスニーカーと、ラフではあるがすっきりとした装い。
そして肩には、少し重そうなワンショルダーのリュック。
畏れ多くも王女殿下に(無理矢理)デートに誘われた、ノトスでした。
(すっぽかしたい……)
胸中はその思いで一杯です。
ですが「お付きの人をまいて、一人で行くから」なんて言われては、先に来て待っているしかありません。もしも誘拐されたりしたら、それこそ王都をにぎわす大事件となってしまいます。
(どうかお付きの人たちが、殿下を確保しますように)
神様にそう願い続けていましたが、普段「神様なんて信じない」と言っていることを知られていたのでしょう。
「お待たせ」
時間きっかりに、シルヴィアは待ち合わせ場所に現れました。
銀髪を隠すように、少し大きめの帽子をかぶり。
袖が膨らんだ白いシャツに濃い緑のワンピース、スニーカーと、とても可愛らしい装い。
背中には白いリュックを背負い、ウサギのマスコットがぶら下がっています。
道行く人が思わず目を向ける美少女っぷりです。
そして、何が最悪かというと。
「見てあの二人。おそろいコーデじゃない?」
「兄妹? デートかな? かわいいわねー」
なんて、お姉さま方の声が聞こえてくることです。
(まさか監視してたんじゃないだろうな)
もしもそうだとしたら、風家の護衛が、王女の護衛に出し抜かれたということです。由々しき事態でしょう。
「ふふ。私服、初めて見たわ。とても似合ってるわね」
「光栄です。殿下も今日は、とてもかわいらしいですよ」
「ありがとう」
あ、でも、とシルヴィアは口に人差し指を当て、ウィンクします。
「殿下、はやめてね。お忍びなんですから」
「では、なんとお呼びすれば……」
「シルヴィー、と呼んでくださる?」
「……殿下を愛称でお呼びしろと?」
「いいじゃない、デートなんだから」
やれやれ、とノトスは頭をかきました。
「わかりました、ではシルヴィーと」
「ありがとう。私はあなたを何と呼べばいいかしら?」
「お好きなように」
「じゃあ……お兄ちゃん♪」
「……ノトス、でお願いします」
ノトスがげんなりした顔になったのを見て、シルヴィアは楽しそうに笑いました。
「で、どこへ行きたいんですか?」
こうなっては仕方ない、とノトスは切り替えます。
さっさとデートをして満足させて、王宮へ帰っていただくのが最上策でしょう。
「建国祭は来週ですから、まだ準備中の店も多いですよ?」
「下町。にぎやかで楽しそうだから、一度行ってみたかったの」
「王女様が行くようなところではないと思いますが……」
「あら、風家当主が、婚約者を住まわせている町よ?」
シルヴィアは、下町へと続く道をワクワクした表情で眺めました。
「それに、私は去年まで西都で暮らしていたのよ? 下町の雰囲気には慣れているわ」
「そうでしたね」
シルヴィアは、王が王妃以外の女性に産ませた唯一の子供でした。
ですがその存在は、長らく秘匿されていました。彼女の母親はシルヴィアを生んだ半年後に体調を崩し、療養のためシルヴィアを連れて西の国境沿いある街「西都」へ移り住んだといいます。その後病状が悪化し母親は亡くなりましたが、シルヴィアは王都へ戻ることなく、西都で暮らしていました。
そのまま西都で、「忘れられた王女」として生きていくはずだったのですが。
王が「父親としての役目を果たさせてほしい」と王妃に頼み込み、昨年、王都へと連れ戻されたのです。
「王都へ来て、一番最初に経験したのが建国祭。だけど王族って、王宮でじーっとしてなきゃいけないのよ?」
「ですね」
「だから、退屈で退屈で。今年は絶対抜け出してやろうと思ってるわ」
「やめてください、大騒ぎになります」
建国祭のような重要行事では、月家に協力して風家も警護に当たります。けっこう忙しい状況で「シルヴィア王女脱走」となれば、風家の面々がてんてこ舞いになるのは確実でしょう。
「私、その責任者なんですからね」
「だったら今日、がんばって私を満足させることね」
シルヴィアの目がキラキラと輝きます。
このドS王女様、建国祭の安寧を人質に、ノトスをとことん振り回す気です。
「ところで今日のデートのこと、婚約者には話してるの?」
「……話してませんけど」
「あら、じゃあどういう口実でごまかしてるの?」
「ごまかすも何も。アウラは今日、友達とお茶会ですからね。私は放置ですよ」
「あらそうなの。ふーん」
ノトスの返事に、シルヴィアがニヤニヤと笑います。
「……なんですか?」
「婚約者が忙しいのをいいことに、自分は他の女とデートだなんて……ゲスのすることだなあ、と思って」
「あなたが言いますか」
「ふふ、そんな顔しなくてもいいじゃない。怖いなぁ」
思わず素になり、ふてくされたノトスに、シルヴィアは思わず笑うと。
「ま、婚約者のことは忘れて。今日は私と、楽しくデートしましょう」
ノトスの手を握り、楽しそうに歩き出しました。




