03 初めてのご招待
翌日の、午前十時。
下町の北西、一区画を丸々占めるお屋敷の門前に、赤髪の少女が立っておりました。
彼女の名はニンリル。
下町にあるお惣菜屋の娘で、現在十五歳。
中等学校、高等学校をすっ飛ばし、王国最難関の大学である王立アカデミーに飛び級で入学した、王国一の天才少女と呼ばれている女の子です。
普段は男の子のような格好をしているニンリルですが、この日は違いました。
明るい青色のロングワンピースに、白いパンプス。
母に借りた、ベージュ色のミニショルダーバッグを肩にかけ。
髪には落ち着いたデザインの髪留めをして、薄く化粧もしてます。
ちょっぴり背伸び感のある、素敵な装いといえるでしょう。
着慣れない服のため照れくさいのですが、貴族──しかも、そんじょそこらの下っ端貴族ではありません──のお屋敷に招かれたと知った母が、「普段着で行くなんてとんでもない!」と慌てて洋品店に連れて行ってくれ、買いそろえたものでした。
「風家のお屋敷かぁ……」
門に掲げられた紋章を見て、ニンリルはうーんとうなりました。
王国四大侯爵家がひとつ、風家。
建国の英雄を祖とし、王国の情報と謀略を一手に引き受ける一族。その一族の紋章を掲げたお屋敷に、一庶民の娘であるニンリルが招かれる日が来るなんて、想像したこともありませんでした。
「……こんな手土産でいいのかなぁ?」
ニンリルは手に持った紙袋を見て、さらにうーんとうなりました。
紙袋の中身は、実家であるお惣菜屋で超人気メニューの牛肉の煮込みと、ニンリルが作ったクッキーです。
どちらも味に自信はあります。ですが「ザ・庶民の味」であるこの二品、はたして風家への手土産として許されるのでしょうか。
「ええい、ここまで来たら、行くしかない!」
ニンリルは気合を入れて門をくぐりました。
門から屋敷の入口まで、石畳が敷かれた通路となっています。通路の両端には整備したばかりの花壇があり、美しい花を咲かせていました。
「きれいだなあ」
花の美しさを愛でながら石畳の通路を進み、ニンリルは呼び鈴を鳴らしました。
すぐに扉が開き、三十路前後のきれいな女性が出迎えてくれました。
「お待ちしておりました、ニンリル様」
ダークブラウンの髪をシニヨンにし、濃紺のスーツに身を包んでいます。スーツは男物ではなく、女性向けにデザインされた特注品のようです。
「当屋敷の家令、コノハと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい、こちらこそ!」
(ふわあ、かっこいい……)
普段ボーイッシュな格好をしているニンリルとしては、思わず見惚れてしまいます。主が美人なら、仕える人も素敵なんだあ、なんて思いながら、ニンリルは一礼しました。
「あ、あの、本日はお招きいただき、ありがとうございます!」
「これはご丁寧に。どうぞお入りください。アウラ様が、今か今かとそわそわしておいでです」
お預かりします、と言われたので、手土産が入った紙袋をコノハに渡し、ニンリルは屋敷に入りました。
正面階段をのぼり、二階のテラスへと案内されました。
「ニンリル、いらっしゃい!」
そこで待っていたのは、この屋敷の主、アウラです。
ふんわりとした金色の髪の、かわいらしくも美しい女性です。傾国の美女、なんて言葉がありますが、まさにそう言って差し支えのない美女です。
その美女が。
今日は、貴族のご令嬢モードで、華やかな装いをしているのです。
「ふわあ……」
思わず感嘆の声が漏れました。
アウラがまとうのは黄色いドレス。モチーフは、おそらく向日葵でしょう。パァッと明るく華やかな雰囲気です。着こなすのがなかなかに難しい色のはずなのに、見事に着こなしているのはさすがです。
「アウラさん、きれーい……」
「ありがとう。ニンリルも、今日はとってもかわいらしわね」
「そうかな? なんか、服に着られてる感じだけど……」
「そんなことないわ。とても似合ってるわ」
「アウラ様、こちら、ニンリル様からの手土産です」
コノハが、紙袋を手にアウラに近づきました。
「あら、ニンリルの手作りクッキーね。お茶請けに出してちょうだい」
「わかりました。こちらは……牛肉の煮込みですね。昼食でお出ししましょう」
「まあ、ずいぶんたくさんね。せっかくだから、あなたたちの分も取り置きなさいな」
「ありがとうございます。私、大好物でして」
「おいしいものね、これ」
華やかに笑うアウラと、穏やかにほほ笑むコノハが、一瞬だけ見つめ合います。
(はうっ!)
その光景に、ニンリルは思わず声を上げそうになりました。
華やかなドレス姿のご令嬢と、キリリとしたスーツ姿の女家令。その二人が見つめ合う、妖しさ満点の雰囲気に、ニンリルの中の何かが目覚めそうでした。
(い、いけない、イケナイ。気をしっかり、ニンリル!)
「あらニンリル、どうかしたの?」
「え!? あ、いや、なんでもないよ、ホントだよ!」
首をかしげるアウラの横で、コノハが訳知り顔で微笑みました。
「きっと、改まったご招待で緊張なされているのでしょう」
「あらそうなの? ふふ、大学のカフェと同じでいいのよ、くつろいでちょうだい、ニンリル」
「あ、うん……じゃなくて、はい」
なんだかコノハに見透かされているような気がしたニンリルですが。
気のせい、と思うことにしました。




