02 デートのお誘い
感涙にむせぶマリーを、「お茶を入れてきて。あなたのお茶が一番好きなの」と命じて追い払ったシルヴィアは、やれやれとため息をつきます。
「いい子なんだけど、ちょっと堅物すぎるのよねえ」
「……身の回りの者は、もう少し大切にしてはどうですか?」
「あら、心の底から大切にしているわ。泣いて喜んでいたでしょ?」
シルヴィアは楽しそうに笑いました。
これに返事をしてはダメだと、ノトスは静かに腰を浮かせます。
「では殿下。午後の授業の準備がありますので、私はこれで」
カツン、と。
食器が乗ったトレイが、フォークの先で押さえられました。
「まだ用件が済んでいません」
お座りなさい、と王女モードで命じられ、ノトスは渋々座りました。
「……学校で、あまり大っぴらにされても困るんですが。夕刻、王宮に伺いますよ?」
「あら、だめよ。陛下……お父様にバレちゃうじゃない」
「バレちゃまずいんですか?」
「もちろんよ」
トマトを、ぱくり、とほおばりながら、シルヴィアが微笑みました。どうやらシルヴィアは、トマトがお好きなようです。きっとノトスとは永遠に分かり合えないお方でしょう。
「風家当主様と直接接触して頼みごとをしていいのは、王と王妃、花鳥風月の当主のみ。バレたら私、どんな罰を受けることか」
「……わかってるなら話しかけないでくれません?」
「だって、お話したいんですもの」
ふふ、とシルビア王女が笑い、ほおをピンク色に染めました。
「私だって年頃の女の子。気になる男の子と仲良くなりたい、というのは当然でしょ?」
「……殿下、まだ十歳ですよね?」
「ええ、もう十歳です」
「すいません、私、婚約者がいますので」
「まだ正式なものではないですよね?」
「もうじき正式なものになります」
「つまり、略奪するなら今しかない、ということね」
「私の心は揺らぎません」
「まあ。本当に心から愛してらっしゃるのね」
マリーがトレイにお茶を乗せて戻ってきました。
よし、タイミングを見て離脱だ、と考えたノトスですが、シルヴィアが先手を打ちます。
「ありがとう、マリー。それとね、本当に申し訳ないけれど、デザートも見繕ってきてくれない?」
「え、ですが……」
マリーがちらりとノトスを見ました。
これ以上、どこの馬の骨とも知れない男と二人きりにさせておけるか、という視線です。「そうだそうだ、がんばれマリー」と心の中で応援したノトスですが。
「あなたが入れてくれたお茶ですもの。デザートもあなたに頼めば、最高の食後の一時になると思ったのだけど……」
「おまかせください、殿下! すぐに取ってまいります!」
チョロすぎるだろお前! と大声で突っ込みたいところですが、ノトスは何とか我慢しました。
「で、用件なんですけど」
ひらひらと手を振ってマリーを送り出すと、シルヴィアはノトスに視線を戻しました。
「私、あなたの婚約者に会ってみたいの」
「……なぜ?」
「宣戦布告♪」
そう言って、シルヴィアはクククッと笑います。
「断固、お断りいたします」
「あら、だめ?」
「ええ。第一、私の一存では決めかねます」
「そっかー、残念。それじゃ……」
まだ何かあるのかよ、と身構えたノトスに、シルヴィアは真っすぐな瞳を向けました。
「明日、私とデートしてくださらない?」
「は?」
「来週の建国祭に向けて、街が盛り上がってるでしょ? 楽しそうだから、見て回りたいの」
「……マリー殿と行けばいいじゃないですか」
「あらダメよ。私は、好きな男の子と一緒に見て回りたいの。これならあなたの一存で決められるでしょ?」
(どうしたものか)
非公式とはいえ、第三王女からのお誘いです。これを無下にしては、後々どんな報復があるかわかりません。シルヴィアのことですから、ギリギリのところを責めてきて、絶妙に対応しにくい報復となるでしょう。
たとえば……勇気を出した女の子の誘いを、一刀両断にしたひどい男だと噂を流す、とか。
(……やりそうだなぁ)
団結した女の子を敵に回してはいけません。特に恋愛がらみでは。そんなことをすれば、卒業までの残り三年半、居心地の悪い学校生活となるのは必至。何としても回避せねばならないでしょう。
「ふふ♪」
悩むノトスをよそに、シルヴィアは持っていたポーチからメモ帳を取り出しました。
「これ、待ち合わせ場所と時間、ね」
何やら書き込んだページを切り取って折りたたみ、ノトスの手に握らせます。
「いや、あの、ですね……」
「私、お付きの人をまいて、一人で行くから。来てくれなかったら、誘拐されちゃうかも、ね♪」
それって脅迫ですよね、と突っ込みたいところでしたが。
「殿下、お待たせしました! シフォンケーキといちごのアイスクリームです!」
「あら、おいしそう。ありがとう、マリー」
忠犬マリーが帰ってきてしまい、話はそれで終わりとなりました。
(かんべんしてくれよ)
ノトスは深くため息をつくと、仲良し主従に会釈して、食堂を後にしました




