01 第三王女シルヴィア
風家当主の正体は極秘事項。
これは、建国の時から守られている伝統です。色々と規格外のノトスですが、この伝統については壊す理由も必然性もないため、素直に継承しておいでです。
よって、公の場に出られる時には、仮の名を使います。
「ノトス・トゥーリ」
それがノトスの仮の名となります。しがない男爵家の子、という設定です。
学友にその名を呼ばれることは何の不思議もありませんし、呼ばれれば「何でしょう?」と穏やかに答えるのが常です。
ですが。
学生でにぎわうお昼時の食堂で、その名を呼び、正面の席に腰を下ろした少女を見て、ノトスはげんなりとした顔となりました。
肩でバッサリと切りそろえた、銀色に輝く髪。
切れ長で宝石のように美しい金目銀目。
健康的で美しい肌に、生気に満ちた表情。
どこをどうとっても「美少女」としか言いようのない十歳の少女が、笑みをたたえてノトスを見つめています。
「こんにちは。ここ、空いてますよね?」
「ええ」
すでに座っているのに何を聞くのか、とは言いません。なにせこの美少女は。
「……ご機嫌うるわしゅう、シルヴィア殿下」
「あら、呼び捨てで構わなくてよ。学校ではみんな平等、でしょう?」
「いえ、そういうわけには……」
第三王女シルヴィア。それが彼女の身分と名でした。
四大侯爵家がひとつ、風家。その当主としてであれば、王女相手でも遠慮する必要はありません。むしろ第三王女の方が、ノトスに礼を尽くさねばならない関係となります。
ですが「ノトス・トゥーリ」にとっては、第三王女など雲の上の存在です。同じ学校に通う年下の女の子であっても、こちらから声をかけるのは遠慮する、そんな関係となります。
現に。
「んっ、んんっ!」
シルヴィアの背後に立つ、年上の少女が咳払いをしました。
黒髪、サイドテールの、生真面目そうな顔。
タイ紐の色は、最上級生を表す紫。
スレンダーでしなやかな身のこなしからして、武術の心得がありそうです。
シルヴィアお付きの生徒でしょう。もちろんノトスが風家の当主などと知りませんから、「わかってるだろうな」という険しい視線を向けてきます。
(はいはい、わかってますって)
ノトスは肩をすくめてうなずきます。目立たず、ひっそりと、穏やかな学校生活を目指すノトスとしては、ここで逆らって目をつけられる方が面倒です。
「あらマリー。のどの調子がおかしいの?」
ですが、どうやらシルヴィアの意見は違うようです。
咳払いをしたマリーに満面の笑みで声をかけると、トレーの上にあったトマトを、フォークで「ぷすり」と刺しました。
「水分代わりに、おひとつどうぞ♪」
「え、その……殿下……」
差し出されたフォークの先に刺さっているトマトを見て、マリーと呼ばれた少女はほおを引きつらせました。
(あ、こいつお仲間か)
どうやらマリーもトマトが苦手なようです。一気に親近感がわいてきました。
トマトの何が嫌なのかを語り合い、思いを分かち合いたいところですが、主従のうるわしき食事タイムを邪魔するわけにはいきません。そんなことをすれば、「あなたもどうぞ♪」と、このドS王女は絶対に言うからです。
「さ、どうぞ♪」
「い、いただき、ます……」
マリーは泣きそうな顔で、トマトをぱくりと食べました。
必死で咀嚼し、急いで飲み込みます。忠臣の鑑だなあと、ノトスは心の中で拍手を送りました。
「おいしい?」
「は、はい、とても……おいしいです」
「あらそうなの? マリー、トマトを克服したのね♪」
シルヴィアは、それはもう嬉しそうな笑顔となり、再びトマトをフォークで刺しました。
「それじゃお祝いね! もうひとつどうぞ♪」
「で……殿下ぁ……」
「なぁに?」
半泣きのマリーに、シルヴィアは輝くような笑みで応えます。「これ、パワハラだよなあ」と思ったノトスですが、王女と付き人の関係に、「しがない男爵家の子」が割って入れるはずもありません。
ノトスが静かに見守る中、忠臣マリーは、泣きそうになりながらも、シルヴィアが差し出すトマトをすべて食べました。
「よくがんばりました♪」
シルヴィアは満足そうにうなずくと、目にいっぱい涙をためているマリーの頭を撫でました。
「嫌いなものを克服しようとするその前向きさ、私も見習わないといけませんね」
「で、殿下……ありがとうございます」
よしよし、とシルヴィアに頭を撫でられ、涙ぐみながら嬉しそうな顔になるマリー。
飼い慣らされてるなあ、とあきれつつ、ノトスはのんびりと食後のお茶をすすりました。




