09 自己紹介
警察官たちへのお説教を終え、ノトス様が警察署を出ると、ニンリルが待っていました。
「大丈夫だったの?」
「ええ、平気です。ま、貴族の特権使わせていただきましたけどね」
では、と一礼して立ち去ろうとしたノトス様ですが、ニンリルが並んで歩き出しました。
「途中まで、送っていくよ」
「一人で大丈夫ですよ?」
「そういうわけにはいかないの」
夕暮れの町を、ノトス様とニンリルは並んで歩きました。
お互いに無言です。
時々、ニンリルがちらちらとノトス様を見て、ほおに手を当てて考え込みます。
「ねえ、銃って、高いよね?」
「高いですよ」
「普通の貴族に、買えるもの?」
「……ある程度財産がないと、難しいでしょうね」
銃自体が高価でもありますが、貴族が持つものです。軍で配布される武骨なものとは違い、持つ者にふさわしい装飾が施されます。機能を損なわずに装飾を施すのは、なかなかに費用がかかるのです。
二人は再び無言になりました。
太陽が沈み始め、夕焼けで街が真っ赤に染まっていきます。赤く美しく輝く街の中を、赤毛の少女と黒髪の少年は、肩を並べて歩き続けました。
「やっぱ、そういうことか」
やがて王都のメインストリートが見えた時。
ニンリルがぴょんと前に飛び、くるりと回ってノトス様と向き合いました。
「君が、風家の当主様、なんだね」
「……ま、バレますよね」
ノトス様は軽く肩をすくめると、姿勢を正し、優雅に一礼しました。
「風家当主、ノトスです。以後、お見知りおきを」
「ニンリルです。アウラさん……あ、いえ、アウラ様には、お世話になっています」
「あー、いえ、どちらかというと、アウラの方がお世話になっているかと」
主に勉学の面で。
ノトス様がそう言うと、ニンリルはクスッと笑いました。
「それで、今日は私がどんな奴かを見に来た、てことでいいのかな?」
「はい。アウラが、毎日毎日あなたの話ばかりするんでね。少々嫉妬してしまいまして」
「えー、大学では、わが君が、わが君が、ばっかりだよ? どんだけ好きなの、てあきれちゃうよ」
「なんと。それは安心しました」
「それで……私はこれからも、アウラ様と仲良くしていいのかな?」
「ええもちろん。どうぞ、様などつけずに呼んでやってください」
「よかった」
ニンリルの心底ほっとした顔に、ノトス様は微笑み、うなずきました。
ニンリルが端によって道を開けます。
「今後、あなたには当家の影が護衛につきます」
すれ違いざま、ノトス様がニンリルに小声で告げました。
「うっとおしいでしょうが、ご容赦を」
護衛と言う名の監視役です。これ以後、ニンリルの行動は風家に筒抜けになることを意味します。
「うん、しょうがないね」
ですがニンリルは、とうに覚悟していたようです。ノトス様の言葉を笑って受け止めました。
「お詫びといっては何ですが、あなたにいやがらせをしている貴族は、こちらで対処しておきます。アウラのことは関係なく、貴族として実に恥ずかしい」
「そこは貴族としてというより、人として、じゃない?」
「……おっしゃる通り」
「ま、キツく言い聞かせておいてくれれば、それでいいから」
「了解しました」
風家が本気で粛清と判断すれば、容赦はありません。ニンリルの言葉は、それを踏まえた上でのものでしょう。
「では」
ぱん、とノトス様が手を叩き、表情を一変させました。
「ニンリルさん、お送りいただいてありがとうございます」
「うん、気を付けてね。また、お惣菜買いに来てね」
「もちろんです」
十五歳の少女と十二歳の少年に戻り、二人は手を振って別れました。
少女は、下町の自分の家へ。
少年は、王宮の西側にあるお屋敷へ。
今まで感じたことのない、どこかワクワクする気持ちを抱えて、二人はそれぞれの家路についたのでした。




