08 チンピラ
下町をのっしのっしと歩いてくる男たちが見えました。
着ている服こそいい物ですが、気品のかけらもない、やさぐれた雰囲気の男たちです。
彼らを見て人々がざわつき、そそくさと逃げ出していきます。
「あいつら、また来た……」
店の奥にいた子供たちの声が聞こえました。
どうやら、ニンリルの家に嫌がらせをしているのは彼らのようです。
「お、なんだ、ずいぶん身なりのいいガキがいるじゃねえか」
「ひょっとしてニンリルちゃんが、たぶらかして連れ込んだのか?」
「さっすがニンリルちゃん、大学でイイコト勉強してるんだねえ」
男たちが立ち止まり、ゲラゲラと下卑た笑い声を上げました。
全部で、七人。
なかなかに大人数です。こんなのが毎日来たら、うっとおしくて仕方ないでしょう。
(さて、どうしたものかな)
正体がバレるわけにはいきません。早々に立ち去るべきなのはわかっています。
ですが、愛するアウラ様がとても大切にしている友人です。それを見捨てるような真似をするのは、とても心苦しいことでした。
「裏から帰って」
腕組みして考えているノトス様をかばうように、ニンリルが前に出ました。
「これ、うちの問題だし。貴族同士ってめんどくさいんでしょ? 巻き込まれないうちに早く」
チンピラの背後にいる貴族は、警察すら黙らせる有力貴族。ここで巻き込まれ、ノトスの家がその貴族とトラブルになってはまずい、とニンリルは考えたようです。
なるほど、とノトス様はうなずきます。
これが「花鳥風月、上等!」と啖呵を切った、ニンリルという少女なのです。
「……確かに、貴族同士はめんどうですが」
ノトス様は、にこり、とニンリルに笑いかけました。
「震えている女性を見捨てて逃げるなど、貴族の男子としてあるまじき行為なんですよ」
「……!」
ノトス様は、ニンリルが小さく震えているのを見逃しませんでした。
男の子のように元気で快活でも、ニンリルは十五歳になったばかりの女の子です。毎日のようにチンピラに嫌がらせをされて、怖くないわけがありません。
それでもノトス様を、大切なお客様を守ろうとする心意気、見事ではございませんか。
「はい、これ持っていてください」
「え? ちょっと!?」
「ご主人も下がっていてください」
「お、おい君!」
買ったばかりのお惣菜をニンリルに預け、ノトス様は前に出ました。
「なんだ、ガキ?」
前に出てきたノトス様を見て、チンピラの男たちが怪訝な顔をしました。
町の人に紛れていた、護衛の影が構えます。ノトス様は影に向かって「手を出すな」とまばたきを使って指示を出しました。
とりあえず影にチンピラを追い返させ、後からバックにいる貴族に脅しをかける。
それがスマートなやり方ですし、いつものノトス様ならそうしたでしょう。
ですが、ニンリルが見せた心意気に、ノトス様の心は揺さぶられてしまいました。ま、要するに、女の子にちょっといいとこ見せたくなったのです。
「おい、クソ以下のチンピラども」
ノトス様は、背負っていたリュックを足元に置くと、腕を組んで思い切り不遜な口調で男たちに語り掛けました。
「この僕が相手になってやろうじゃないか」
「はぁ? 本気か、ガキ」
「本気? まさか」
ノトス様が呆れた顔で肩をすくめました。
「お前たち程度に、本気なんて出すわけないだろう。そんなの弱い者いじめじゃないか」
「……んだと?」
「だから一度だけ、寛大な処置を与えてやる」
ノトス様はポケットに入っていた銅貨を一枚取り出すと、ピンッ、と指で弾き、チンピラたちの足元に転がしました。
「恵んでやる。そして今すぐ帰って、二度と来ないというのなら見逃してやる。さあ、この僕に這いつくばって感謝し、尻尾を巻いて逃げ出すといい」
「なんだぁ、このガキぃ!」
「貴族だかなんだか知らねえが、ガキが偉そうに言うんじゃねえ!」
「半殺しにするぞ、ガキ!」
「半殺し? お前たちが、僕を? あーはっはっはっ、愉快なジョークだな! 愚劣で無能で鈍重でアホでバカでクズで口先だけのチンピラごときが、賢明で有能で俊敏で賢くて利口で名誉ある貴族の僕に、かすり傷ですら負わせられるものか!」
ノトス様、ノリノリでチンピラを罵倒します。色々たまってらしたんですね、きっと。
「な……んだとぉ?」
「これでも貴族の子だ、武術のたしなみはあるぞ。チンピラごときが僕を半殺し? くくくっ、余裕で返り討ちだね!」
「て、てめぇっ!」
チンピラ七人、完全に頭に血が上りました。
「このガキぃ、叩っ切ってやる!」
チンピラの一人が剣に手をかけました。
取り囲んでいた人たちから悲鳴が上がり、誰もが次に起こる惨劇を予想して息を飲みました。
ですが。
「……え?」
予想を超えた光景に、目を丸くして驚きました。
チンピラが剣を抜いた瞬間、ノトス様が目にも見えない早業で、鞄から銃を取り出したのです。
「その剣、撃ち落とす」
ノトス様が銃を構え、冷酷な声で宣言すると。
パンッ!
乾いた音が響き、剣を持つチンピラの手を正確に撃ち抜きました。
男が悲鳴をあげ、手から剣を落とします。乾いた音を立てて地面に転がった剣を見て、チンピラたちは息を飲みました。
「じ、銃……?」
「武術のたしなみが、剣とは限らないだろう?」
かちり、と撃鉄を引き、ノトス様が笑います。
「で、次は誰だ? 撃ち抜いて欲しいのは、手か、足か、それとも頭か? 正確に撃ち抜いてやるぞ?」
ノトス様の言葉に、チンピラが息を飲みます。
その剣、撃ち落とす。
そう宣言して、きっちりやってのけたのを目の当たりしたばかりです。ノトス様の言葉をハッタリだと思う者は、一人もいませんでした。
「お前たちのバックが誰かは知らないが。この通り、僕は銃が持てるぐらいには有力な貴族の子だ。花鳥風月とは言わないけどな」
シレッと嘘を追加して、チンピラ七人をねめつけたノトス様。
その視線に、チンピラは真っ青な顔になりました。
完全に、迫力勝ちです。
当たり前でございます、ノトス様が潜り抜けてきた死線は、並みの兵士では到底かなわぬ、すさまじいものなのです。チンピラごときが敵しえましょうか。
「僕を傷つけたり殺したりすれば、大事になるかもしれないぞ? 口封じでお前たちが消されるかもな」
チンピラ七人、血の気が引いた顔を見合わせました。
「もう一度言う」
そんなチンピラに、ノトス様が低い声で、最後通牒を突きつけます。
「今すぐ帰って、二度と来ないというのなら見逃してやる。よく考えて、返事しろ」




