07 オススメの一品
早速帰って調査だ、と立ち上がったノトス様ですが、「お惣菜を買いに来た」という口実を思い出しました。
何も買わずに帰るわけにはいきません。そこでニンリルにお勧めのお惣菜を尋ねたところ。
「今日のオススメは、これだよ!」
ニンリルが笑顔で指差したのは、トマトと鶏肉を煮込んだものでした。
「うっ……」
「あれ、ひょっとして、トマトだめ?」
顔をひきつらせたノトス様を見て、ニンリルが小さく笑います。
「育ち盛りなんだから、好き嫌いはダメだよ?」
「いや、その、どうもトマトの味が……」
「あ、酸味……すっぱいのがダメ?」
ノトス様はうなずきました。
単なる好き嫌いではありません。かつて逃亡生活中に食べた、腐りかけの食べ物を思い出してしまうのが理由です。すっぱくて、絶妙に柔らかくて、口の中に何か残る感じ。トラウマといっていいその味と触感を、トマトはまざまざと思い出させるのです。
ですがニンリルは「よしよし」とうなずいて、小皿にお惣菜を取りました。
「それなら大丈夫。さ、味見してみて。絶対おいしいから!」
「え、ええっ……」
「騙されたと思って。もしマズかったら、あっちの牛肉の煮込みプレゼントするよ!」
そちらはこの店の看板メニューで、売り切れ必至の商品とのことです。
小皿を受け取り、ううむ、と唸っていたノトス様ですが、ニンリルの自信ありげな笑顔に「いいだろう」と覚悟を決めました。
「鶏肉とトマト、一緒に食べてね」
「……わかった」
ノトス様は、トマトと鶏肉を一緒にフォークで刺すと、思い切って口に入れました。
ほんの少し感じたトマトの酸味に、一瞬だけ「うっ」となりました。ですがそれはすぐに消え、トマトの甘みと肉のうまみが口に広がります。
「どう?」
「……大丈夫だ。うまい」
「でっしょー!」
やったね、という感じでニンリルが両手を叩きました。
「トマトってね、火を通すと酸味が消えて甘くなるの。皮も湯剥きしてるから口に残らないでしょ? 鶏肉と一緒に食べれは食感もクリア。これでダメなら、もう一生トマト食べるな、て感じだね!」
「商品名は、トマト嫌いのためのトマト鶏すき煮、だな」
隣で見ていたニンリルの父親が、自慢げな顔で笑いました。
「どうだ、うちの娘が材料からこだわり、何度も試作して仕上げた一品は。大したものだろ?」
「え、これ、君が作ったの?」
「うん!」
「へえ、すごいね」
ノトス様が素直に感心すると、ニンリルは照れ臭そうに、しかし誇らしげに笑いました。
「無理言って大学行かせてもらってるんだもん。少しは家業に貢献しないとね」
「無理じゃねえ、て言ってるだろ?」
父親は娘の頭に手をのせて、わしゃわしゃと撫でました。
「下町のしがない総菜屋の娘が、飛び級して、王国一の大学に行けるっていうんだ。こんな誇らしいことはねえ。お前が未来を切り開くための学費だ、がんばって稼いでやるさ」
「やーもー、お父さん、髪がぐしゃぐしゃになる!」
ニンリルは、笑いながら父親に抗議します。父親は娘の抗議に「わはははっ、いっちょまえに色気づいてきたのか?」なんて笑ってさらに頭を撫でます。
そんな二人を見て、ノトス様は微笑みを浮かべました。
ノトス様もアウラ様も与えられることのなかった、温かな家族愛。
それを目の当たりにして、寂寥感を覚えると同時に、素直に「いいものだな」と思いました。
アウラ様が心惹かれ、ノトス様もまた好ましいと思える少女は、そんな愛情に包まれて育ったからこそ、素直で快活な性格なのでしょう。
なるほど、アウラ様が家に招いてお茶会をしたいとねだるわけだ、とノトス様は納得しました。
「では、これをいただきます。あ、そちらの牛肉の煮込みも、お願いします」
「まいど!」
「ありがとうございます!」
実を言うと。
大切なアウラ様を、ニンリルに取られてしまうような気がしていたノトス様です。やはり家に招くのは無理なのだと、アウラ様がノトス様の心中を察し、自分からおねだりを取り下げてくれないかと思っていました。
「じゃ、これね。食べる前に鍋に入れて温め直すと、おいしいから」
「わかりました」
でも、ニンリルに会って、ノトス様はわかりました。
アウラ様は決しておねだりを取り下げないだろう、ということが。
そしてノトス様も、ニンリルならアウラ様のためにもぜひ招いてあげたい、と思うようになりました。
(不思議な子だ)
初対面の相手を、ここまで好意的に思えたはのは生まれて初めてでした。
風家の当主として油断かな、と思わないでもありませんが、ニンリルなら大丈夫という確信があります。
(さて、帰ったら大急ぎで屋敷の調査と、買取の手配だな)
「では、僕はこれで」
「また来てね!」
笑顔で手を振るニンリルに軽く頭を下げて、ノトス様は踵を返し。
すぐに、険しい顔をして立ち止まりました。




