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06 妙案

 下町のメインストリートに面したお惣菜屋。そこがニンリルの家でした。

 ノトス様は子供たちと一緒に店の奥にあるテーブルに腰掛け、ニンリルが「お詫びの印」と言って出してくれたお茶とお菓子をいただきました。


 (ふーん、こんな感じなんだ)


 小さなお店ですが、お客が途切れることがありません。エプロンを身に着けて店を手伝うニンリルは、まさに看板娘という感じで、お客様からも可愛がられているようです。


 「なあ、お前」


 のんびりとお茶を飲みながらニンリルの様子を見ていると、ノトス様の正面に座った男の子が、意を決して口を開きました。


 「なに?」

 「ほんっとーに、ニン姉ちゃんに嫌がらせしに来たんじゃないだろうな?」

 「しないってば」

 「……だったらいいけどよ」

 「その嫌がらせって、そんなにひどいの?」


 ノトス様の問いかけに、子供たちが一斉にうなずきました。


 「ニン姉ちゃんが、ズルしてアカデミーに入ったとか、貴族のショーフになって学費を出してもらってるんだ、とか、お店の前でひどい悪口を大声で言うんだ」


 ショーフ……ああ娼婦か、とノトス様はうなずきます。子供たちが知る必要のない単語です。意味は分からなくても、悪口であることは伝わっているのでしょう。


 「抗議したら、平民のくせに、とか小汚い料理屋の娘風情が、とか言うし」

 「ゴロツキに店の周りうろうろさせて、商売の邪魔したりもするんだよ」

 「夜の間に犬の糞とか店の前にまき散らしたこともあるし」


 聞く限り、相当ひどい嫌がらせのようです。


 「ニン姉ちゃんがズルしたから王立アカデミーに不合格になったとかも言うし……嘘ばっかりだよ」

 「この前なんて、学校帰りのニン姉ちゃんをさらおうとしたんだよ」

 「それ、立派に犯罪じゃないか」


 おいおい、とノトス様は驚きました。


 「警察には言ったの?」

 「言ったらしいけど……けっこう強い貴族みたいで、変わらないんだ」


 どこのどいつだ。


 ノトス様がわずかに目を細め、心当たりのある貴族を脳内でリストアップします。

 どうやら王立アカデミーの入試不正疑惑が、いまだに収まっていないようです。調査の責任者である風家当主として、ニンリルが不正を働いていないと、風家の名にかけて断言できます。風家相手では表立って抗議できないから、こうしてニンリルへ嫌がらせをしているのでしょう。


 「それは、ちょっとひどい話だね」

 「でしょ、ひどいでしょ!」

 「ニン姉ちゃんは、すごくがんばったんだよ。なんで悪口言われなきゃいけないの?」

 「なあ、お前も貴族なんだろ? 親に頼んで、やめさせることできないのかよ」


 つい先ほど懲らしめようとした相手に、臆面もなく頼むか。


 なんてことをチラリと考えたノトス様ですが、肩をすくめてその考えを追い払いました。悪意のない、純粋なニンリルへの思いです。ひねた考えで受け止めるべきではないでしょう。

 それに、ニンリルへの嫌がらせは、それだけ切実な問題ということでしょう。


 「そうだね……」

 「こーら、あんたたち!」


 返事をしかけたところで、ニンリルが盆を持ってやってきました。


 「変なこと頼まないの! 迷惑でしょ」

 「だって、ニン姉ちゃん……」

 「私は大丈夫だから。なんとなかるって」


 ニンリルは元気な笑顔を浮かべて胸を叩くと、ノトス様に微笑みました。


 「ごめんね、この子たちが変なこと言って。気にしなくていいから」

 「だいぶひどい嫌がらせみたいですけど」

 「大丈夫だって。下町の人間はたくましいんだから。嫌がらせぐらいでへこたれないっての」

 「子爵様がいたらなぁ……」


 子供の一人が、ぼそりと言いました。


 「子爵様って……さっきのお屋敷に住んでいた人?」

 「うん、そうだよ」


 ノトス様の問いに、つぶやいた子供がうなずきました。


 「とっても優しい人でね、揉め事とかもよく仲裁してくれてたの」

 「子爵様が生きていたら、きっと何とかしてくれたのにね」

 「……そうだね」


 ニンリルは子供の言葉にうなずき、その頭を寂しそうに笑いながら撫でました。

 下町に屋敷を構え、ニンリルの才を見出した老子爵。

 彼が存命なら、こんな嫌がらせを許しはしなかったでしょう。なにせ「王国民の守護者」を自認する、月家に縁のある者です。権力を笠に着て罪もない人に嫌がらせをするなど、見過ごすはずがありません。

 そんな、誇り高い一族に連なる老子爵が住んでいるというだけで、この下町の治安は保たれていたのかもしれません。


 「あのお屋敷、どうなるのかなあ?」

 「また子爵様みたいな人が住んでくれたらいいのにね」

 「どうかなあ。そもそも貴族様が住むような場所じゃないしね」

 「来たとしても、前みたいにお庭で遊んでいいか、わかんないし」

 「私、まだ読んでない本いっぱいあったのになあ。貸し出してくれないかなあ」


 あの広い庭は、子供たちが安全に遊べるという意味でも大切な場所でした。ですが子爵が亡くなって以降、放置されたままの屋敷はだいぶ荒れています。このままでは浮浪者や犯罪者のたまり場となって、かえって治安を悪くするかもしれません。


 (まてよ?)


 ノトス様は、ふとひらめき、急いで考えをまとめました。


 (……うん、いいかもな)


 あの放置された屋敷を風家で買い取り、アウラ様の屋敷とする。そうすれば色々な問題が一挙に解決しそうです。


 (ニンリルにしてみれば帰り道。少し寄ってお茶するぐらいなら、全く苦にならない距離じゃないか)


 時間が合えば、アウラ様とニンリルが一緒に登下校、なんてことも可能です。きっとアウラ様も喜ぶでしょう。

 そして、何と言っても重要なのは。


 (あそこなら、僕も下校途中で寄れる! その気になれば毎日だって会えるじゃないか!)


 ということです。

 なんという天啓でしょう。ひょっとしたら、自分ために子爵様はお亡くなりになったのではないかと、かなり失礼なことを考えてしまうぐらいにノトス様は浮かれました。


 (よし、よし、よし! いいじゃないか! 帰ったらさっそく屋敷の買取ができるか、調査だ!)


 今日は寄り道したかいがあった、とノトス様は笑顔で残りのお茶を飲み干しました。


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