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05 失われた魔術

 ゴツン、ゴツ、ベシ、スパン、ペシ。


 五つの音色で五人の子供が鉄拳制裁を食らった音が響いたのち、赤毛の少女ニンリルが、ノトス様に深々と頭を下げました。


 「ごめんね、この子たちが迷惑かけちゃって」

 「いや、別に、大したことはされていないので」

 「ほら、あんたたちも謝る!」


 ニンリルに言われ、五人の子供が一斉に「ごめんなさーい」と頭を下げました。


 (ふーん、この子がニンリルか)


 容赦ない鉄拳制裁から察するに、どうやらニンリルは下町のガキ大将的存在のようでございます。アウラの言う通り、ぱっと見は男の子のようです。


 王国一の天才少女、なめんな。


 アウラ様から伝えられたその言葉から、ふてぶてしい感じの女の子を想像していたノトス様ですが、想像とはずいぶん違いました。


 素直そうな、元気一杯という感じの、快活な女の子です。


 毎日、クセのある貴族の子女や、とびきりクセのある王女様なんかを相手に過ごしているノトス様にしてみれば、それだけで天使のような存在です。

 きっとアウラ様も同じように感じ、好ましく思っているのでしょう。


 「え、うちに来るところだったの?」


 ノトス様が「おいしいと評判のお惣菜屋に来ただけ」(もちろん口実でございます)と伝えると、ニンリルは驚きつつも案内してくれました。


 「わざわざすいません」

 「ん、いいよいいよ。どうせ私も帰るところだったし。それに、大事なお客様だもん、ちゃんとご案内しなくちゃ」

 「商売人の鏡ですね」

 「でっしょー?」


 ノトス様の言葉に、ニンリルは嬉しそうに笑います。家業を誇りに思っている、それがよく伝わってくる笑顔でした。


 「でも大丈夫? あなた貴族の子なんでしょ? うちは下町のお惣菜屋だよ?」

 「貴族にも色々ありますよ」


 王国の歴史は長く、貴族制度はかなり制度疲労を起こしております。同じ貴族でも貧富の差は激しく、むしろ平民の方が良い暮らしをしていることもあるのです。


 「ならいいけど」


 そう答えた後、ニンリルはしげしげとノトス様を見つめました。


 「……なんですか?」

 「うん、その……それ、魔術学院の制服だよね?」


 どうやらノトス様がお召しになっている、制服が気になっているようです。


 「ええ、そうです」

 「そっかー。いいなあ」


 ノトス様が通う魔術学院は、十歳から十五歳が対象の、いわゆる中等学校となります。

 年齢からいえば、ニンリルが本来通うのはこちらの学校だったでしょう。


 「ちょっと、憧れてたんだよね」

 「そうなんですか? 昔の魔術師見習の服がベースだから、古臭いですよ?」

 「えー、なんかおとぎ話とかに出てきそうで、かっこいいと思うけど」


 そういう意見が少なからずあることが、魔術学院が決定的に衰退せずに済んでいる理由の一つでしょう。もう一つの理由は、早くから平民にも門戸を開放し、広く人材を育成していたからでございます。


 「お金かかるし、入試すら受けなかったけど……いいなあ、着てみたかったなあ」

 「あの……あなた確か、そこをすっ飛ばして王立アカデミーに入学してますよね?」

 「あ、知ってるんだ。まあそうか、知られちゃってるよね」


 あはは、とニンリルが笑います。

 もしもの話となりますが。

 ニンリルが魔術学院に通っていたら、きっと学院を代表する生徒となっていたでしょう。そうなれば風家当主としては見過ごせない存在であり、アウラ様より先にノトス様がニンリルと出会っていたはずです。

 だとしたら。

 ニンリルを家に招こうとしたのは、アウラ様ではなくノトス様だったかもしれません。


 「ねえ、学校で魔術の授業ってあるの?」


 ニンリルが目を輝かせてノトス様に問いました。知的好奇心、というより、純粋な好奇心のようです。


 「歴史の授業の一環でやりますけど、それだけですよ」

 「やっぱりそうかー」

 「魔術はもう五十年も前になくなりましたし。やる意味がないでしょ」


 この世界には、かつて魔術というものがありました。

 神や悪魔、魔物、魔神。そういったものも普通にあったのですが、五十年前、史上最強と言われる月家当主・アキナ様が、すべての魔術を無効化しこの世から魔術を消し去ってしまったのです。


 「魔術はなくなったんだし、学院も校名を変えればいいんですけどね」

 「えー、でも魔術学院、て名前がいいと思うんだけど」

 「ニン姉ちゃん、おとぎ話好きだもんなー」


 二人の会話に、子供の一人が割って入りました。

 それを呼び水に、次々と子供たちが口を開きます。


 「そういや、魔法使いになりたい、てマジで言ってたよな」

 「言ってたー」

 「魔法使いじゃなくて、魔法少女じゃなかった?」

 「ちゅーにびょー、てやつだ」

 「な、な、なにを言ってるの! 昔の話でしょ!」


 お供よろしくついてくる子供たちの言葉に、ニンリルが顔を真っ赤にして怒りました。

 きゃはははっ、と楽しそうに子供たちが声を上げて笑い、「あーもー、言うな、それ以上言うな!」とニンリルが慌てて子供たちの口を塞ぎます。

 なるほど、とノトス様も小さく笑いました。


 「魔術、やってみたいんですか?」

 「え? あー、うん、まあ……ちょっと、ね。どんなかなー、て興味あって」


 テヘヘ、と笑い、ニンリルは頭をかきました。


 「でも、王立アカデミーですら研究している人はもういないし。なくなっちゃったものは仕方ないよね。あははっ」

 「……そうですね」


 照れ臭そうに笑うニンリルに笑みを返しながら、ノトス様は一つの可能性に思い至ります。


 あるいはニンリルの才能なら。

 失われた魔術を復活させることができるかもしれない。


 そのように考え、ニンリルを手中に収めようとする者──例えば、かつて魔術を統括していた花家などが、虎視眈々とニンリルを狙っている可能性は大いにあります。


 ニンリルが王立アカデミーを受験するにあたっては、花家が支援を惜しまなかった、という情報もあります。


 教育改革を成功させるための活動一環と考えていましたが……あるいはもっと、別の意味があったのかもしれません。

 そう考えたノトス様は、機を見て花家に探りを入れようと決意しました。

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