ある夜(3/3)
男たちが凍りつきました。
花鳥風月。
それは四大侯爵家と呼ばれる、花家、鳥家、風家、月家の四家を表す言葉です。
その祖は、建国にあたって多大な貢献をした英雄。その権勢は他の高位貴族が束になっても敵わず、王家ですら遠慮するほど。生前に公爵位を賜る者がいないのは、この四家に遠慮しているからだとすら言われています。
「うそ……だ……お前は男爵家の……」
「お陰様で良縁に恵まれまして。卒業後に、嫁ぐことになっております」
ほの暗い笑みを浮かべたまま、男たちを見下ろすアウラ。
そんなアウラと、アウラを守るように立つ影を見て、男たちはようやく悟ります。
自分たちが、死地にいることを。
「さて、おぼっちゃま方。私がどの家に嫁ぐか、気になりませんか?」
「ひっ!」
男たちが顔をこわばらせ、悲鳴じみた声を上げました。
「やめろ、やめてくれ!」
「知りたくない、そんなの知りたくない!」
「頼む、言わないでくれ!」
「そう遠慮なさらずとも。自慢させてくださいな」
アウラは幸せそうな笑みを浮かべると、甘くとろけるような声で告げました。
「私の嫁ぎ先は、風家でございます」
男たちの顔から血の気が引き、恐怖で震え始めました。
風家。
謀略のすべてを取り仕切る、王国の影の一族。
その正体を知った者の末路は――言わずもがなです。
「ふふ。美女と秘密を分かち合う喜び、残り短い余生で存分に味わってくださいね」
アウラの言葉が終わると同時に。
ひくっ。
奇妙なしゃっくりを発し、一人が崩れ落ちました。それを合図に、残りの三人も次々と崩れていき――あっというまに四人全員が気を失いました。
◇ ◇ ◇
「ふう……ケリがつきましたね」
「アウラ様」
息をついたアウラに、影の一人が声をかけました。
「このような些事、私どもで対処するので大人しくしていてくださいと。そうお伝えしましたよね?」
「だって、巻き込まれてしまったんですもの。仕方ないじゃない」
「彼らに注目されるよう、振舞っておいでのようでしたが?」
「あら、ばれてました?」
影の指摘に、アウラはペロリと舌を出します。
「まったくあなたは」
「だって、わが君のお役に立てる機会ですよ? 私だって何かお手伝いをと……」
「ご当主は、学業に専念するよう言っていたはずですが?」
「そ、そうですけど。でもぉ……」
「まったく。ご当主に報告しますからね。きっちり叱られてくださいね」
「叱られる……え、わが君に? あら、どうしましょう。ドキドキしますわ」
ぽっ、と頬を赤らめたアウラに、影が大きくため息をつきました。
「後始末は我らでします。もうお戻りください。まもなく就寝時間です」
「わかりました。では、お願いしますね」
「あの」
立ち去ろうとしたアウラに、別の影が問いかけました。
「この三人は、どうしますか?」
その影が指差したのは、先に気を失っていた三人の女性です。
「そうですねぇ。万全を期するのなら、彼らと同じ処置をとなりますが」
「ですが、完全に意識がありません」
アウラの正体は知られていない、だから見逃してやってほしい。
影の言葉には、そんな思いが滲んでいました。
「……そうね」
その優しさ、任務を果たす上で仇とならなければいいけれどと、アウラは小さく笑います。
「まあ、彼女たちは被害者ですし。今回は同級生のよしみということで、お助けしましょう」
「了解しました」
まあ、次はありませんけどね。
その言葉は口にはせず、アウラはその場を後にしました。
◇ ◇ ◇
さて、後日談を少しだけ。
大学へ提出された報告書によれば、研修合宿二日目の朝、男女合わせて七名の学生が体調不良で帰宅したそうです。
それ以外は、特に大きな問題はなく、研修合宿はつつがなく終わったとのこと。大学当局もほっとしたことでしょう。
なお、帰宅した七名のうちの四名、男子学生全員が、一週間後に自主退学しております。
何か思うところがあったのでしょうか。
せっかく合格したのにすぐにやめるなんて、もったいないことです。
また、理由はよくわかりませんが。
男子学生の退学とほぼ同時期に、大学の教職員合わせて五名が、辞表を提出し大学を去るという事態が発生しました。うち一名は学部長を務める教授だったため少しだけ騒ぎになりましたが、すみやかに後任も決まり、今は落ち着きを取り戻しております。
というわけで、本日も平穏無事に、穏やかで落ち着いた大学生活を送っております。
どうか皆様、ご安心くださいませ。
それと。
これは風の噂でございますが。
退学した男子学生と辞表を出した教職員の計九名が、遠い異国へ向かう船に一緒に乗り込んでいたらしく。
ひょっとしたら、大学という縛りを逃れ自由に研究したいと考えた学部長が、有望な若手を募って旅に出たのかもしれない、なんて言われております。
今頃、どこでどうしているのやら。
音信不通だと聞いておりますが――ご無事であることを、お祈りいたしましょう。