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03 尾行者

 放課後。

 授業を終え学校を後にしたノトス様は、一人下町へと向かいました。


 「まいった……」


 大嫌いなトマトを丸ごと一つ食べるという人生初の偉業を達成したノトス様ですが、心は晴れません。アウラ様を怒らせた原因は、解決していないのですから。


 「どうしたものかなぁ」


 自分の家にお友達を招いて、お茶会をしたい。


 アウラ様の些細にして難解なおねだり、実は簡単に実現する方法がございます。「自分の家」であればよいのですから、家を一軒買い求めてアウラ様のお屋敷とし、そこへ招けばいいのです。それぐらいの財力、風家には十分あります。


 そもそも、でございます。


 ノトス様とアウラ様は婚約者(・・・)であって、夫婦(・・)ではないのです。同居していること自体がおかしく、さらに言えば、毎晩同衾しているという時点でアウトでございます。

 これまではノトス様が御幼少、ということで大目に見られておりましたが、そろそろ真剣に考えねばなりません。

 風家の体面もありますが、少年たるノトス様への教育的配慮でもございます。これを機会に同居を解消し、正式に夫婦となるまでは節度ある交際をするべきでしょう。


 「んなことは、わかってるんだよ」


 ノトス様が、不機嫌そうにぼやかれました。

 アウラ様との関係は、それはもう目も当てられぬほどのズブズブでドロドロなものですが、それを除けば聡明で冷徹なお方です。何が最善策かなんて、とっくに気づいておいでなのです。

 ですが。


 「まったく、どいつもこいつも」


 ノトス様が舌打ちし、憤慨しました。


 「僕がどれだけアウラに依存してると思ってるんだ! 離れて暮らす? ふん、三日で耐えられなくなって、泣きわめく自信があるね!」


 情けないことを、むしろ胸を張って言ってのけるノトス様。

 自分のことを正確に把握しておられることは、さすがと言っておきましょう。ええ、申し訳ありませんが、それでご勘弁願います。


 そんなことをぼやきながら、ノトス様は入り組んだ下町の道を進んでいきました。


 雑多で生活感あふれる空間でございますが、それが活気となって満ちています。一部区画はスラム街として荒れていますが、花家の尽力や風家の暗躍もあって、治安は改善されつつあります。

 とはいえ、貴族の子弟が通うことで知られている「魔術学院」の制服でうろうろしていては、目立って仕方ありません。悪意ある者を引き付けるのは当然でございましょう。


 「さて、どうしたものかな」


 ノトス様はため息をつきました。

 少し前から、複数の気配がノトス様を尾行しているのです。しかもその気配は、どう考えても子供のものでした。


 (本気、出すわけにはいかないか……)


 かといって襲われるまで待っていては、姿を見せず護衛している風家の影が、本気の全力で排除してしまいます。影は、たとえ子供相手でも容赦しません。さすがにそれは避けるべきでしょう。


 仕方がない、とノトス様は道を変えました。


 何者であれ、今日の目的地に不穏な者を連れて行くわけにはいきません。そこで騒ぎを起こしては、アウラ様が本気で怒りかねないのです。


 尾行者を巻くべく、複雑に入り組んだ道を右へ左へとでたらめに進みました。

 迷うことはありません。

 世継ぎ争いの真っ只中、ノトス様は追っ手から逃れるため身をやつして下町に身を潜めていたことがあるのです。スラム街も含めて熟知しており、勝手知ったる庭のようなものでした。


 ですがそれは、尾行者も同じようです。


 気づかれたと感づいたのか、尾行者の気配が散りました。追ってくる者、別の道へ行き先回りする者、高いところからノトス様の行く手を監視する者。時折、ノトス様の行く手が遮りられ、意に反した道へと誘導されたりもします。その見事な連携に、ノトス様は感心してしまいました。


 (ふむ、どうやら……)


 ノトス様は下町の地図を思い浮かべ、肩をすくめました。

 この先に、今は誰も住んでいない無人の屋敷があります。

 尾行者はどうやら、ノトス様をそこへ追い込みたいようでした。


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