02 笑顔の理由
「そうですか。そうでございますか。お心当たり、ありませんか」
アウラ様の笑顔がパワーアップし、七割増しとなりました。
生真面目で王妃一途な国王陛下に「王位を捨ててもよい」と言わせたという、傾国の美女モードです。
これ、本気で怒ってるときのアウラ様でございます。あのときは少々お言葉が過ぎた王妃様が原因とはいえ、危うく国に大乱を起こすところでした。
そして恐ろしいのは、これで全開ではない、ということでしょうか。底知れないお方でございます。
「ア、アウラ……すまない、ほんとーにすまない。だから教えてくれ……どうして怒っているんだい?」
ぷすり。
アウラ様が無言でトマトにフォークを刺しました。初夏だというのに、ノトス様をはじめ誰もが寒気を感じたものです。
「はい、ノトス様。あーん」
「ア……アウラ……」
「あーん♪」
笑顔が、七割三分増しぐらいになりましたでしょうか。
そろそろノンケの同性であっても危ないレベルでございます。
「あ……あーん……」
引きつった笑みで口を開けたノトス様。その口に、アウラ様はトマトを「むぎゅっ」と押し込みました。
ノトス様が必死で咀嚼し、ごくりとトマトを飲み込むと、笑顔オーラが六割五分ほどに落ちました。
ホッと一息ですが、油断は禁物です。
「ノトス様、本当に、心当たりがございませんか?」
「う……うむ……いや待て、一分だけ待ってくれ!」
再びフォークでトマトを刺したアウラ様を見て、ノトス様は慌てて考え込みました。
十秒、二十秒、三十秒……そして。
「……おねだり、のことか?」
正解でございます。
アウラ様の笑顔がみるみる消え、ぷくり、とほおを膨らませた顔になりました。
お可愛らしいことです。
その場に居合わせた一同、今度こそ安堵し警戒を解きました。アウラ様は、笑顔の時より怒った顔の時の方が怖くないのです。
「私がわが君におねだりしてから、そろそろ一ヶ月が経つんですよ?」
呼び方が元に戻り、ノトス様は露骨にホッとした顔になります。それを見たアウラ様は、ますますほおを膨らませます。
「どうなっておられるのですか?」
「いや、それは、だな……」
先日、アウラ様が通う王立アカデミーでちょっとした騒ぎがありました。
それはまあ、無事に解決したのですが。
巻き込まれたアウラ様へのお詫びとして、ノトス様は「どんなおねだりもかなえてあげる」と告げたそうです。
それが、世界に一つしかない宝石を取って来いとか、お姫様みたいに贅沢三昧したいとか、そういうことであれば即日実現したのですが、アウラ様がおねだりしたのはそんなことではありません。
「大学のお友達を家に招いて、お茶会をしたい」
なんだそんなこと、と思ったお方。
風家がどのような一族なのかを思い出すべきでしょう。
情報の担い手にして、謀略のすべてを取り仕切る、王国の影の一族。
そう、風家は決して表に出てはならぬ一族です。アウラ様が風家当主の婚約者、ということは一部の方に知られてしまいました。できるだけの手は打ちますが、広く知られてしまうのはそう遠くないことでしょう。
そんなアウラ様が、家に友達を招く。
オオゴトでございます。
この家に来れば、家長としてノトス様はお会いし、挨拶しなければなりません。それが礼儀というものです。
国王一家と花鳥風月の名を冠する一族しか知らない、知ってはならない、ノトス様が風家当主であるという事実が、お友達にバレてしまう危険が大いにあります。
これに何らかの対策を講じない限り、アウラ様がお友達を招くことは難しいのです。
「おねだりしなさい、わがまま言いなさい。そう言ってくださったのは、わが君ですよ?」
「う、うん……そうだけど、ね」
「なのに一ヶ月もほったらかしなんて。私だって、怒ることはありますからね?」
アウラ様はほおを膨らませたまま、トマトが刺さったフォークをノトス様に差し出しました。
「今日はこれで許して差し上げます。全部、食べてくださいね」
「ア、アウラぁ……」
「そんな顔をしてもダメです。食べないのでしたら、今日から寝室は別にさせていただきます」
「そ、そんな! むごいよ!」
まあ、なんというか。
結局は、犬も食わぬという夫婦ゲンカ……いえ、痴話ゲンカでございますので。
当主様より「助けてほしい」という視線を向けられても、見えぬふりをするのが側仕えの心得。
その場に居合わせた誰もがそう思い、静かに目を閉じたのでございます。




