01 朝の食卓
癖のある黒髪に、その美しさゆえに少女にも間違えられることのある、十二歳の少年。
風家の若き当主ノトス様でございます。
さてそのノトス様、今朝、目を覚ました時から不安を感じておりました。
何の根拠もない、漠然としたものです。
しかし侮ってはなりません。ノトス様は、その神がかり的な勘の良さで、幾度も死線を潜り抜けているのです。
その勘が、ノトス様に警告を与えています。
今朝は、よくないことが起きる、と。
(何が起きる?)
警戒しつつ着替えを済ませ、朝の食卓に着いたとき、ノトス様は不安の正体を知りました。
「ア、アウラ、これ……」
「はい、今朝の朝食です♪」
ニコニコと笑って告げるのは、ノトス様が愛してやまない婚約者、アウラ様です。
ふんわりとした金髪の、かわいらしくも美しい女性です。七つ年下のノトス様を溺愛しており、「ノトスのためならなんだってする」と常々公言されておられます。
そんな彼女が。
今朝は、ノトス様の敵となったのです。
「どうぞお召し上がりください、わが君」
アウラの言葉に、ノトス様は、ひくっ、と頬を引きつらせました。
目の前の皿に乗っているのは、みずみずしいトマトでございます。庭の一角を畑とし、庭師の指導を受けながらアウラ様が手ずから育てた、今朝摘んだばかりの新鮮でおいしいトマトです。
ですが、ノトス様はトマトがとてもお嫌いなのです。
もちろんアウラ様はそのことを知っております。ええ、何もかもを打ち明け合い、すべてを共有しているお二人です、お互いの嫌いなものなんて知らないはずがないのです。
「ア、アウラ……僕は、トマトは……」
「私、この春からお庭の一角をお借りして、家庭菜園を始めましたの」
ノトス様の言葉を食い気味に遮り、アウラ様はにこやかに笑います。
「初めての収穫ですもの。ぜひわが君に味わっていただきとうございます!」
アウラ様の笑みが、普段の五割増しの輝きを放ちました。
ええもう、それはそれは無邪気でお美しい、まるで神に愛される聖女のような笑みでございます。
何も知らぬ者であれば、その笑顔に見惚れ、我を忘れたことでしょう。しかしアウラ様をよく知るノトス様は、引きつった顔で、助けを求めるように侍女のコノハに視線を向けました。
『アウラ、ナニ、オコッテル?』
まぶたを使った、風家に伝わる秘伝の暗号技術で、そんな問いをコノハに伝えました。
コノハは、ふう、とため息をつき、同じ方法で答えます。
『ゴジブンノ、ムネニ、オキキ、クダサイ』
『ココロ、アタリ、ナイ』
『デハ、オコラレテ、トウゼン』
「ふふ、ノトス様、その暗号技術は私も習得しておりますよ?」
わが君、ではなく、ノトス様、とアウラ様が呼んだことに、ノトス様は血の気が引いたようでした。




