10 夢と現とそのはざま
長い眠りが不意に途切れ、少女は目を開きました。
深い深い闇の底でした。何も見えず、何も感じず、なぜ目覚めてしまったのだろう、と少女は首をかしげます。
再び眠りにつこうとして、はるか遠くに光が見えることに気づきました。
少女はしばらくその光を見つめ──再び目を閉じるのではなく、その光の方へと泳ぎ始めました。
ねっとりと絡みつく闇の中、もがくように泳いで、やっとのことで光の下へたどり着きました。
それは、天にぽっかりと空いた穴から差し込む光でした。少女はぼんやりとその穴を眺めた後、その穴から外を見てみることにしました。
すぅっと体が軽くなり、景色が一変しました。
目の前に、一人の少年がいました。少し癖のある黒い髪の、自分より少しだけ年下の男の子です。
どこかで見たことのある男の子でした。誰だったかな、と首をかしげて見つめていると、少女に気づいた少年がにこりと笑いました。
「やあ、目が覚めたかな、わが婚約者どの」
「こん……やくしゃ?」
自分に婚約者なんていたっけ、と思いながら、少女は体を起こしました。
ぱさりと、金色の長い髪が落ちます。すらりと伸びた手足と、大きく膨らんだ胸も見えました。どうやら自分の体のようですが、大人のような体になっています。
一体、何が起こったのでしょうか。
「あなた、は……ノトスくん?」
少女の問いかけに、少年が目を見開き、とても驚いた顔になりました。
「……フローラ、なの?」
どうやら少年は、少女がよく知る男の子、ノトスのようです。ですが、どういうことでしょう。まだ七歳のはずのノトスが、ずいぶんと大きくなっていました。
「そうか……アウラが薬で眠ってしまったから……」
ノトスがつぶやきました。少女は首をかしげます。
「アウラ……て、だれ?」
少女の問いかけに、少年は何も言わず首を振り、優しく抱き締めてくれました。
とても力強い抱擁でした。少女は、この感触をとてもよく知っている気がしました。
「ノトス、くん? 泣いてる、の?」
「よかった……よかった。フローラ、君はまだ居たんだね。もう会えないのかと思ったよ」
「私は、どこにも、行かないよ?」
「ああ、そうだったね。君はそう約束してくれていたね」
「……私、暗いところで寝てたの」
少女は、目が覚めてからのことを少年に語りました。
「それで……光が見えたから、のぞいたら、ノトスくんが、いた、の」
「君は、五年も寝てたんだよ」
「五……年?」
「本当に君は、居眠りが過ぎるよ」
「ん……ごめん……ね」
少年の抱擁と温もりに、少女はとても安心しました。
安心すると、また眠たくなってきました。ふわり、とあくびをして少年の肩に頭を乗せ、静かに目を閉じました。
「フローラ?」
「うん、ちょっと、眠いな、て……」
「フローラ、待って。もう少し、もう少しだけでいいから、起きていて」
「ごめん、もう……眠いの……」
目を閉じると、深い闇に通じる穴が見えました。
少女はその穴に吸い込まれ、深い闇へと沈んでいきます。
少年が、少女を呼ぶ声が聞こえてきます。ですが闇が深くなるにつれ、その声も聞こえなくなりました。
やがて少女は、闇の底に横たわりました。もう眠くてたまらず、そこで身を丸めると目を閉じ、一度だけ大きく深呼吸しました。
少女は再び、長く深い眠りにつきました。
◇ ◇ ◇
アウラが目を覚ましたのは、日付が変わる頃でした。
愛する少年、ノトスにしっかりと抱き締められ、優しく頭を撫でられていました。
「わが君……?」
眠気がこびりついた声で呼びかけると、ノトスが小さく震えました。
ぎゅうっ、と渾身の力で抱き締められ、息ができなくなります。
「ん……苦しい、です、わが君」
「……無茶をした罰だよ、わが婚約者どの」
「申し訳、ございません。ああ、だめです、本当に、窒息してしまいます」
「アウラが倒れたと聞いて、私の呼吸も止まるかと思ったよ。どうしてあんな無茶をしたの?」
「集められた十人を見たら、だいたい状況がわかりましたので……わが君のお力になれればと」
「やっぱり、アウラには教えるべきじゃなかったよ」
ノトスが腕を緩めました。息ができるようになり、アウラはほっと息をつきました。
「アウラまでいなくなったら……僕は誰に甘えればいいんだい?」
「……わが君?」
「アウラは、僕のそばにいてくれればいいんだ」
らしからぬ言葉と、「僕」という一人称。アウラは首を傾げ、ノトスの顔をのぞき込みました。
「わが君……泣いておられますの?」
返事の代わりに、ぐすっ、とノトスが鼻を鳴らしました。アウラはキュンと高鳴る胸にノトスを抱き締め、よしよしと頭を撫でてやりました。
「何か、怖い夢でも見ましたか?」
「……僕の、償いきれない罪、かな」
「まあ。それは恐ろしい夢ですね」
「アウラを傷つけてしまった、罰だよね」
「そんな罰などありません。わが君のために傷つき、倒れるのなら、私は本望でございます」
「だめだよ、アウラ」
ノトスはアウラの胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみつきました。
「アウラは僕の妻になる人だよ。スパイの真似事なんてしちゃだめだ。もうこんなことは、二度としないで」
「はい、申し訳ございません」
謝罪とともにふわりと笑い、アウラはノトスのひたいにキスをしました。
ノトスが顔を上げ、アウラを不満そうに見つめました。あら? とアウラが首を傾げたら、ノトスがアウラの首に抱き着いて唇を重ねました。
「僕とのキスは、こっちだよ」
「……はい、わが君」
アウラはほんのりとほおを染め、改めてノトスにキスをしました。
「アウラ。今日のこと、お詫びがしたいな。何かして欲しいことはある?」
「ふふ。お叱りを受けるべき私ですのに。では、朝までそばにいてくださいませ」
「それはいつもしてるよ」
ノトスはアウラの胸に顔をうずめ、ギュッと抱き着きました。
「それ以外のことで。なんでもいいよ。たまには……おねだりしてよ」
「そう申されましても。私、わが君のおそばにいられれば、それで満足ですもの」
「それじゃ命令。僕に何かおねだりして。ちゃんとわがまま言って。いい?」
「はい、かしこまりました」
二人はもう一度唇を重ね、抱き合ったままベッドに横になりました。
「……大好きだ。愛してるよ、アウラ」
「はい、私もです、わが君」
「どこにも行っちゃだめだよ。僕のそばにいるんだよ」
「はい、もちろんです」
アウラの返事に、ノトスは安心した顔になりました。ああよかったと、アウラも幸せそうに笑います。
「私の居場所は、わが君のそばだけです。ええ、どこにも行きません。この命に懸けて、お約束いたします」




