ある夜(2/3)
男たちが、ぎょっとした顔になり。
アウラ以外の三人の女性が、えっ、と目を見開きました。
「……悪い冗談はよしてくれ」
「では、このお茶とお菓子、お召し上がりくださいませ」
男たちは無言になりました。誰一人動こうとせず、お互いに目配せし合っています。
「どうなさいました? どうぞ、お召し上がりください」
「あ、いや……」
重ねて勧めるアウラに、口ごもる男たち。
疑惑が確信となります。すでに飲み込んでしまった女性たちが、顔を青ざめさせました。
「お三方。警戒心がなさすぎです」
そんな女性たちに、アウラが冷ややかな目を向けます。
「お茶もお菓子も、この方々は口にしようとしなかった。少し注意していれば、わかりましたよ」
「そ、そんな……どうしてそんなことを……」
「薬で酩酊したところを襲い、欲望を満たす。そんな魂胆でございましょう」
アウラも含め、ここに呼ばれた四人の女性は、美女あるいは美少女と言って差し支えのない器量です。男の劣情を満たす相手として申し分ありません。
さらに言えば。
「こちらの方々、いずれも侯爵家のご子息。対して私たちは、貴族とは名ばかりの家の娘」
アウラの冷ややかな目が、今度は男たちに向けられます。
「万一事が露見しても、ご実家の権力で抑え込める、とお考えなのでしょうね」
ひくっ、と。
奇妙なしゃっくりをして、女性の一人が崩れ落ちました。続いて一人、また一人と崩れ落ちていき――あっというまに三人が意識を失いました。
「こんなに早く効き目があらわれるなんて」
アウラはため息とともに、男たちに問いかけます。
「一体どれだけ盛ったのです? 下手をすると、人死にが出ますよ?」
「ふん」
すでに仮面は脱ぎ捨て、歪んだ表情をしている男たち。欲望を隠そうともせず、ギラギラした目をアウラに向けてきます。
「貧乏貴族の娘が死んだところで、なんだというのだ」
扉の前にいた男が、ガチャリ、とわざと大きな音を立てて鍵を閉めました。
アウラを怯えさせようという魂胆でしょう。ですがアウラは動じた様子もなく、泰然としています。
「ほう、怯えないか」
そんなアウラを見て、首謀者の男が下卑た笑みを浮かべました。
「知恵も回るし、度胸もある。大した女じゃないか、アウラ=ヴィアー」
「あなたに褒められても、うれしくありませんわ」
「いいねえ、お前。寝ている女相手じゃ面白くないと思っていたところだ。せいぜい逆らうがいい。楽しませてもらうぞ」
「……下劣なお方ですこと」
アウラの声が、冷たさを増しました。
「一応、警告させていただきますが。諦めて、私たちを黙って帰す方が身のためですよ」
「大学に訴えるか? はん、さきほどお前が言ったではないか。そんなことしても無駄だ」
そういえば、アウラを呼びに来たのは講師でした。
侯爵家の影響下にある教職員がいるのでしょう。その教職員にもみ消させる手はずは整っている、そういうことのようです。
「それとも、警察にでも訴えるか? やれるならやってみるがいい。そちらもどうとでもなる」
騒いだところで、どうにもならないさ。
男たちはそう言って、ゲラゲラと笑いました。
「さようでございますか」
「むしろ喜んだらどうだ。有力貴族の愛人になれるチャンスだぞ。下級貴族の娘として、これ以上の幸せはあるまい。大人しくしていれば、お前に女の歓びを与えてやるぞ」
「あらあら」
男たちの勝手な言い分に、アウラは思わず吹き出しました。
「自力で後始末もできないおぼっちゃまが、私を満足させられるとでも? うぬぼれるのも大概になさいませ」
「なんだと?」
アウラからの思わぬ反論に、男が気色ばみました。
「偉そうに言うではないか、アウラ=ヴィアー! たかが男爵家の娘が、身の程をわきまえろ!」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたしましょう」
ふっ、と。
アウラの顔から笑みが消えると同時に、部屋の明かりが消えました。
それは、まばたきほどの刹那の時間。
気付いた時には正体不明の影に背後を取られ、男たちの喉元に刃が当てられていました。
「な、な……」
「少しでも動いたら、その首を掻き切ります」
冷ややかなアウラの声が、男たちを金縛りにしました。
アウラはふわりと立ち上がると、男たちの背後にある机へ近づきました。そこに蒸留酒の瓶も置かれているのを見て、肩をすくめます。
「欲望を満たした後の祝杯ですか? 本当に、どうしようもない方々ですね」
アウラは蒸留酒の瓶を手に取り、栓を抜きました。
「毎年の研修合宿で、高位貴族の子弟が下級貴族の娘に乱暴している、という報告を内々に受けておりまして」
瓶を持ったまま、アウラは机の上に置かれていたチョコレート菓子をふたつ、手に取りました。
そして、入口をふさぐように立っていた大きな男に近づきます。
「しかも、半ば伝統化しているとか。情けないにもほどがあります。そのような悪しき伝統、今年で終わりとさせていただきましょう」
アウラはほの暗い笑みを浮かべると。
鋭く容赦のない動きで、男の股間を蹴り上げました。
激痛に、男が呻き声を上げて膝をつきます。アウラはその男の鼻をつまんで力任せに引っ張り、強引に上を向かせました。
「どんなに屈強な殿方も、そこを蹴り上げられてはたまりませんよね」
「きっ、きさ、ま……」
「さあ、召し上がれ」
「ま、待て、待ってく……ぐ……」
アウラの手がしなやかに動き、男の口にチョコレート菓子を押し込みました。
続いて瓶の口をあてがい、蒸留酒を流し込みます。喉に刃を当てられ身動きできない男は、チョコレート菓子と蒸留酒を飲み込むしかありませんでした。
「さて他の皆様も。よもや私の酌を断るようなことは、ございませんよね?」
声を荒げることも、怒りを表すこともなく、ただ淡々と告げるアウラ。
その冷たい空気にさらされた男たちは、喉に刃を当てられていなくても身動きできなかったでしょう。
「お酒のアルコールはもちろんですが。チョコレートにも毒の成分が含まれているそうですよ」
一人、また一人と、アウラの手によってチョコレート菓子を押し込まれ、蒸留酒を流し込まれます。
「不思議でございますよね。人は、毒が含まれているものほど甘美に思い、貪るのですから」
最後の一人、この一件の首謀者である男の目の前に立ち、アウラは妖艶な笑みを浮かべました。
「食べ物だけではありません。あなた方のような男は、女もまた、身を滅ぼすとわかっていても貪りたくなるものでしょう?」
他の三人と同じように、チョコレートふたつと蒸留酒を流し込んだ後。
「首謀者のあなたには、特別サービスです」
アウラは薬入りのお茶を口に含むと、男の顔を両手で挟み、口移しで流し込みました。
男は逆らうこともできず、流し込まれたお茶を飲み下すしかありません。
「ふふ」
男がお茶をすべてを飲み下すと、アウラは重ねていた口を離し、妖しく笑います。
「美女の口移し、お味はいかがでしたか、おぼっちゃま」
「き、貴様……この……毒婦め」
「ええ、自覚はありますわ」
アウラが合図すると、影は男たちを解放しました。
蒸留酒で喉が焼けたのか、男たちはむせ返りましたが――それが治まると、アウラを睨みつけてきます。
「こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」
「アカデミーにも警察にも、知り合いはいるのだからな!」
実家の権力を頼みに、怒鳴り声をあげる男たち。
あまりの状況把握力のなさに、アウラはあきれ返るしかありません。
「あら、どうなるのでしょう?」
「必ず捕らえて、陵辱の限りを尽くしてやる!」
「貴様の家ごと潰してやるからな!」
「私の家ごと、ですか」
アウラは思わず吹き出しました。
「身の程知らずですこと。たかが侯爵家の、当主ですらないおぼっちゃまが」
アウラは言葉を切り、歪んだ顔で己を見上げる男たちに、凄絶な笑顔を見せました。
「花鳥風月に挑むおつもりですか?」