06 花々と毒草
服を脱げ、と言われて、さすがに誰もが息を飲みました。
「な、なんで、そうなるんですの……」
「実はこの時間、別の教室で補習授業が行われていまして」
対象者は四十名。そのほとんどが有力貴族の男子学生とのことです。
「学業そっちのけで遊びまわっているような者ばかりでしてね。さて、そんな連中が、下着姿で教室いるみなさまを目撃したら、どうなるでしょう?」
「……面白おかしく、騒ぎ立てるでしょうね」
「その通りです、グレース嬢。そして補習が行われているのは、ちょうどこの教室の窓から見える、大講義室となります」
誰もが、今は閉じられているカーテンに目を向けました。
「授業が終わる頃には日も落ちています。カーテンを開ければ、ランプが灯された教室内はよく見えるでしょう。補修授業に退屈している彼らのことです、カーテンが開けば、きっとこちらを見ることでしょう」
窓際に座る貴族組の女学生たちが、泣きそうな顔になりました。カーテンが開かれた時、一番よく見えるのは彼女たちです。
「独身教授が十一人もの女学生を下着姿にして何をしていたのか。目撃した彼らはゲスな勘繰りをし、噂を広めます。これでもみ消しは不可能です」
「風家婚約者の話なんて、無関係になると思いますが?」
「先ほども申しました通り、とっかかりさえ残ればいいのです」
いかに風家といえど、四十名もの有力貴族の子を消すことはできません。
何があったのかは推測に過ぎなくても。
集めた教授と集められた十一人の名は、彼らが正確に伝えるでしょう。
その情報さえ伝われば、各国の諜報機関はそれが風家の婚約者を突き止めようとしてのことだと気づく、と教授は断言しました。
「その十一人に近づき、探れば、風家婚約者の名が知れるでしょう」
「……そんなにうまくいくでしょうか?」
「些細な事実から隠された真実を見抜く。それこそスパイの得意とするところです」
では、脱いでいただきましょう。
教授の言葉に、女学生は体を固くして座ったまま動こうとはしませんでした。
教授は残念そうにため息をつきます。
「手荒な真似はしたくありませんが」
教授の目配せに、助手の男がのっそりと動きました。
いつの間にか、その手にはナイフが握られています。
「切り裂いて、無理矢理脱がしてもよいのですよ?」
「い、いやっ、やめてっ!」
服をつかまれたメリンダが悲鳴を上げました。青ざめ、パニックを起こす彼女を見て、他の女学生も我を忘れかけました。
「およしなさい!」
そのとき、グレースが一喝しました。
立ち上がり、メリンダに歩み寄って助手の手から奪い返すと、その背にかばいます。
「……大人しく脱ぎますから。下がっていてください」
「結構」
教授が手を払うように動かすと、助手はナイフをしまい、扉の前へと戻りました。
ガタン、と立ち上がったのは、最年長のブレンダです。
悔しそうな、真っ赤な顔をして服を脱ぎ始めました。それを見た他の女学生たちも、次々と立ち上がり服を脱いでいきます。
「着ていてよいのは、一枚だけですよ」
「……手を出したりしないでしょうね」
「ご安心を」
ブレンダの憎々しげな視線に、教授は笑って答えました。
「美しい花々に目がくらむ思いですが、これは仕事。欲望を優先するようなことはありません」
「……本当でしょうね」
「誓って。スパイとして、色香に惑わされぬよう訓練を受けております。少々恥ずかしい思いはされるでしょうが、貞操は守られると約束しましょう」
一人、また一人と服を脱ぎ下着姿となっていきます。脱いだ服は助手の男が回収し、教室の後ろへと積み上げました。
「おや?」
そんな中、立ち上がろうともしていない女学生がいました。
アウラとニンリルの二人です。
「そちらのお二人も、脱いでいただきたいのですが」
「……この子、さきほどから震えておりまして」
ニンリルを抱き締めながら、アウラが静かに教授を見返しました。
「この子だけでも、解放していただけませんか?」
「残念ながら、ご要望にはお答えできません」
「なぜでしょう?」
「ここにいる全員が候補者なんです。誰が婚約者かわかっていない以上、一人として解放するわけにはいきません」
それに、と教授はニンリルに向けた視線を鋭くします。
「風家の当主は十一歳とのこと。年齢だけで言えば、彼女はもっとも釣り合う相手なのですよ」
「し、知らない、よぉ……」
教授ににらまれたニンリルが、アウラに抱き着き声を震わせました。
「婚約なんて、風家の当主なんて、知らないってばぁ……」
「教授」
アウラがニンリルの背中を優しく撫でながら、教授をにらみ返しました。
「子供を、あまり脅さないでくださいませ」
「王国一の天才少女を子供扱いしては、失礼では?」
「知能と成熟は、別でしょう」
「確かに」
ですが、と教授は言葉を続けます。
「全員が下着姿となった中、彼女だけが脱がなかったというのは、かえってゲスな噂が立ちませんかな?」
「あんたね!」
すでに下着姿となったブレンダが、声を張り上げました。
「女の子が好きでもない男に下着姿見られるなんて、どんだけ傷つくと思ってるのよ! 何あんた、色香に惑わされないとか言いながら、単に少女趣味なだけなんじゃないの!?」
教授がジロリとブレンダをにらみました。その鋭さにブレンダはゾッとしましたが、ありったけの勇気でにらみ返しました。
「あなたは彼女を嫌っていたと思いましたが?」
「……嫌ってなんかいない」
ブレンダはギリッと歯を鳴らし、目をそらしました。
「悔しいだけよ」
「なるほど」
教授は小さく笑うと、「いいでしょう」と肩をすくめました。
「ではニンリル嬢はそのままで。ですがアウラ嬢、あなたは脱いでいただきます」
ニンリルを抱き締めているアウラに、教授が静かに告げました。
すでにアウラとニンリル以外の女学生は下着姿です。一同の視線が集まる中、アウラは抱き締めていたニンリルを離し、静かに立ち上がりました。
「恥ずかしいですね」
「申し訳ありません。ですが、他の方も同じですよ」
「同じ? いいえ、違います」
アウラは他の女学生に目をやりました。
「薔薇のように華やかなみなさま」
貴族組の六人を、アウラはうっとりと見つめます。
「百合のように美しいみなさま」
平民組の三人を、アウラは楽しげに見つめます。
「そして、野に咲く花のように可憐な方」
震えているニンリルを、アウラは優しく見つめます。
「そんな方々に、己の醜い姿を晒すことが恥ずかしいのです。なにせ私は……野の花にもなれぬ、毒草の身でございますから」




