03 自己紹介、そして議題提示
カルロ=オルドイーニ。
五年前から王立アカデミーで教鞭をとる、社会学の教授です。三十代半ばで、やせぎすの長身長髪、鋭い眼光と落ち着いた声で語られる論理的な物言いが、女学生には人気の教授です。
「申し訳ありません、少し遅れてしまいましたね」
オルドイーニ教授に続いて、大柄で剣呑な雰囲気の男も入ってきます。男は女学生たちに黙礼すると、そのまま教室の後方へと向かいました。
「さて、と。どうやら声をかけたみなさまにお集まりいただけたようですね。ありがとうございます」
「いったい何の講義でしょうか?」
平民組の一人、三年生のブレンダが教授に問いました。
彼女は王立アカデミーに初めて入学した平民女性です。専門が農学なので、社会学の教授に呼ばれる理由がわかりませんでした。
「ええ、そうですね。最初にそれを説明せねばなりません。ですがまずは、お集まりいただいたみなさまの紹介をさせていただきましょう」
そう言って教授は、手元の名簿を読み上げました。
ブレンダ、三年生。
王国北部にある大農場の娘。二十二歳。
カミラ、二年生。
王国最大の貿易商の娘。二十歳。
エミリア、二年生。
カミラの幼馴染。母がカミラの乳母。二十歳。
ニンリル、一年生。
王立アカデミー史上最年少の合格者。十四歳。
ここまでが平民の学生です。
続いて、貴族の学生。
グレース=オーモンド侯爵令嬢、二年生。
王国財務省主計局長の娘。二十歳。
ヘレン=クレア侯爵令嬢、二年生。
王国海軍軍医総監の孫娘。二十歳。
イザベラ=アナンデール侯爵令嬢、二年生。
王国外務省領事局長の娘。二十歳。
ジェシカ=ダンドナルド伯爵令嬢、一年生。
王国内務省官房長の娘。十九歳。
リリアーナ=リズバーン伯爵令嬢、一年生。
王室秘書室長の娘。十九歳。
メリンダ=ロンズデール伯爵令嬢、一年生。
王国科学院院長の孫娘。十九歳。
アウラ=ヴィアー男爵令嬢、一年生。
王国議会準備局長の娘。十九歳。
「以上十一名。間違いはありませんね?」
教授の問いに、全員が戸惑いながらうなずきました。親の情報や年齢が、なぜ必要なのでしょうか。
「では私も自己紹介を。オルドイーニ、当大学で社会学の講義を担当しております。そして……」
教授は教室の後ろに立つ、大柄な男を手で示しました。
「あちらは私の助手、ハロルド=リンク。本日の講義でも手伝いをいたします」
教授の紹介に、助手の男が「ハロルド=リンクです」と名乗り、ゆっくりと頭を下げました。
「しかし、自分で集めておいてなんですが。なかなかに華やかなメンバーとなりましたな」
「しかも女性ばかり。家族のことも調べているなんて、ひょっとして教授の花嫁探しですか?」
グレースが艶やかに笑いながら揶揄すると、貴族組の全員が「あら」「まあ」と言いながら笑いました。
それを見て、平民組の三人は、ふん、と鼻を鳴らします。
「色ボケ貴族が」
「あらカミラ様、あなたがおっしゃいます?」
カミラの独り言のような言葉に、イザベラが冷笑を浮かべました。
「男をとっかえひっかえして現を抜かし、あわや留年となりかけた方のお言葉とは思えませんわ」
「そんなことはしていない!」
声を荒げたカミラに、貴族組が「くすくす」とわざとらしい嫌味な笑いを返しました。
怒りでまなじりを上げたカミラですが、「お嬢様」と隣にいたエミリアにたしなめられ、悔しそうな顔のままそっぽを向きました。
「いやいや、参りましたな。おっしゃる通り、ここにいるのは花も恥じらう美しい方ばかり」
教授は、カミラとイザベラの言い合いをスルーしました。下手に注意しては火に油を注ぎかねない、という判断でしょう。賢明です。
「うだつの上がらない大学教授にとっては、まさに高嶺の花です」
教授の言葉に「そうではない方もいますけどね」と聞こえるように囁いたのは、どのご令嬢でしょうか。振り向いて確かめる気も起こらず、ニンリルはげんなりしました。
「それに、まだ十四歳の子もいますしね。さすがに私の花嫁候補として集まっていただいたわけではありません」
「あら残念」
「ですが、花嫁、という着眼点は、なかなかいいですね」
教授の目配せに、助手が無言でうなずき、教室のカーテンを閉めました。
教室内が真っ暗になり、教授がランプをつけます。まだ十分に日が高いのに、どうしてカーテンを閉めたのだろう、とニンリルは不思議に思いました。
「さて、本日は講義というよりは、一つみなさまで議論していただきたいことがあります」
「議論、ですか?」
カミラをなだめていたエミリアが問うと、「ええそうです」と教授はうなずきました。
「私だけでは結論が出ませんで。ここはひとつ若い方々の自由な議論に刺激を受けようと、そういう次第です」
「なるほど。つまりは私たちに喧々諤々の議論をさせて、何かヒントをつかみたい、ということですのね?」
「いや、そう言ってるじゃん。いちいち繰り返さなくていいでしょ」
イザベラのしたり顔の言葉に、カミラがまたかみつきました。
憎々しげに睨むイザベラに、カミラは小ばかにした笑みで応じます。その間にいるニンリルはたまったものじゃありません。「席、替えてくれないかなあ」と思わずアウラを見上げると、アウラはなんだか楽しそうに笑っています。
「あのお二人、ことあるごとにケンカしてるって噂、本当のようね」
「私がいないところでやってよぉ」
コソッとつぶやいたアウラに、ニンリルはため息交じりに答えました。女同士の争いというのは、どうしてこんなに心が削られるのでしょうか。
「お二人とも。議論とは論理的に、そして建設的に行うもの。ケンカとは違いますよ」
さすがに二度目はスルーできなかったのか、教授は静かな物言いで二人をたしなめました。
「その情熱は、これからの議論で発揮していただきたい」
「それで、議題は何ですか?」
特別講義と言われて集まったものの、講義でも何でもなく教授の研究の単なるお手伝いのようです。ここにいる全員が、すでに一日の講義を終えて帰るだけの身です。さっさと済ませて帰りたいと、誰もが思いました。
「ここにはいない、この王国で特別な一族に関することです」
「……花鳥風月?」
「ええそうです」
ジェシカのつぶやきにうなずくと、教授はわざとらしい咳払いをしました。
「花鳥風月が一家、風家当主。その婚約者がこの中にいます。それが誰なのかを議論し、可能であれば特定していただく。それが本日集まっていただいた趣旨となります」




