02 貴族組と平民組
二人が通う王立アカデミーは、王族も通う大学です。そのため、数年前までは伯爵以上の家の者のみが入学を許される、有力貴族のための大学という位置づけでした。
そして他の大学も、その王立アカデミーに倣い、貴族でなければ入学できないのが普通でした。
この入学制限の撤廃を提唱したのが、花鳥風月の侯爵家が一つ、花家の現当主です。
「限りある教育予算は、有能な者に割り当てられるべき」
家柄だけの、努力もしない無能な者に使う金はない。
言外にそんな意味を込めた提案は、花家当主の提案であったにも関わらず、実現するのに十年という歳月が必要でした。ですがどうにか入学制度は改革され、王立アカデミーを含む全大学が貴族以外に門戸を開きました。
そして、新しい入学制度になって三年目の今年、全国民を驚かせる事が起こりました。
ニンリルが、わずか十四歳で王立アカデミーの入学試験に合格したのです。
その快挙を、平民は大喜びしましたが、貴族は面白くありません。
いくつかの貴族が連名で、ニンリルが不正を働いたと主張しました。いくら調べても不正の証拠は見つかりませんでしたが、貴族は納得しません。入試改革の後退を恐れた花家は、風家に調査を依頼しました。
風家が直々に調査に乗り出しました。それを知って貴族も黙りました。下手に騒げば、消されるのは自分たちかもしれないからです。そして風家が当主の名で「不正はない」と断言し、ようやく騒ぎは収まりました。
そんなこんなで、いまや王国で一番有名な平民となってしまったニンリル。そんな彼女が仲良くしている、というか、懐いているのがアウラでした。
「こっちよ、ニンリル」
二人が向かっているのは「貴族棟」と呼ばれている、去年建てられたばかりの講義棟です。なぜ「貴族棟」なんて呼ばれているかというと、「最新の設備は貴族の子女が使うべき」という根拠不明の理由から、貴族の子女が自習や研究で優先的に使用しているからです。
「こんなにきれいなんだね。設備もすごそう」
ニンリルは初めて入った貴族棟を興味津々で眺めました。時々、すれ違う学生がニンリルに眉をひそめますが、アウラが一緒だからか何も言いません。もしもニンリル一人なら、何か嫌味を言われていたでしょう。
入学してすぐの研修合宿で同室になって以来、アウラはなにかとニンリルを気にかけています。
学則や教授の名前と専攻なんかはすぐに覚えたニンリルですが、貴族同士の関係とか暗黙の了解とか、そういったものはまったくわかりません。おかげで入学早々は何かとやらかしていました。
そこをフォローしてくれているのが、アウラです。
アウラは一応貴族とのことですが、「平民というより貧民ね」という生活だった、とニンリルは聞かされていました。そのせいでしょうか、アウラは貴族の子女とは距離を置いていて、この貴族棟にもまず来ないようです。
「そのすごい設備を、お貴族様は使いこなせているのかしらねぇ」
「……アウラさん、それ、ここで言っちゃだめだと思う」
「あら、声に出ちゃってた?」
指定された教室は、貴族棟の二階一番奥です。三十人ぐらいが入れる大きさで、すでに先客がありました。
「ああなるほど……こういう面子ですか」
教室にいた面々を見て、アウラは何かに納得したようです。小さな声で「さてどうしましょう……」とかなんとかつぶやくと、ニンリルの手を握ったまま教室に入りました。
教室の奥に陣取っている貴族の女学生六人が、アウラとニンリルを見て険しい目になりました。
「みなさま、ごきげんよう」
それに気づいているのかいないのか、アウラはふんわりと笑って挨拶すると、手前に陣取っていた三人の方に目を向けました。
「こんにちは」
そちらの三人は平民出身の、やはり女学生でした。
平民出身の女学生は、全学年合わせてもニンリルを含めた四人だけです。ニンリルはもちろん、この三人もとても優秀です。本来ならニンリルが頼るのはこの三人なのですが、学年が上で、しかもニンリルの才能に嫉妬しているのがありありと見えるので、ニンリルとしても頼りづらいのです。
「ここに座りましょう」
教室の奥と手前に陣取る貴族組と平民組。アウラはその間にぽっかりと空いていた空間に、ニンリルと一緒に座りました。
(いやこれ、針のムシロじゃない?)
左右から注がれる厳しい視線に、ニンリルは居心地が悪くなりました。思わずアウラに寄り添うと、左右からバカにしたような笑いが漏れました。
「お姉ちゃんと一緒じゃないと怖いなんて、まだ子供ね」
「あら、あれはお姉ちゃんじゃなくて、お姉さま、て感じだけど?」
「ああ、そういう関係なんだ」
平民組からは、ニンリルに向けた嫌味の言葉が飛んできます。
「あらあら、平民の子をすっかり手なずけちゃって」
「貴族とはいえ名ばかりの家のようですし。馬が合うのでしょう」
「男の子みたいですものね。さぞかし、かわいがっておいでなのでしょう」
貴族組からは、アウラに向けた嫌味の言葉が飛んできます。
きっとアウラとニンリルが来る前は、お互いに嫌味を言い合っていたはずです。新たにやってきた二人がどちらにもつかないから、攻撃対象を変えたのかもしれません。
それにしても品のない嫌味です。
ニンリルは腹が立ち、何か言い返してやろうかと平民組の方をにらみました。
「ニンリル」
ですが、口を開く直前で、アウラがなだめるようにニンリルの頭をなでました。
「下々の嫌味を受け止めるのも、王者の務めよ。誰もあなたに勝てないから、嫌味を言うぐらいしかできないの。泰然としてなさい」
「なっ!?」
「あなたっ!?」
アウラの爆弾発言に、貴族組も平民組も激昂しました。
もしもそのタイミングで教授が来なかったらどうなっていたか。
ニンリルは想像もしたくありませんでした。




