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序文 広がる噂

 「風花(かざはな)戦争」勃発。

 これから語る三つのエピソード、その結末を一言で申せばそうなります。


 建国祭での暗殺未遂以降、何かと身辺が騒がしくなっております第三王女シルヴィア殿下。

 姉姫様方やご友人など、殿下の親しい人たちは平穏な日が続くことを祈っておりますが、事態は徐々に切迫していきます。殿下もそれをなんとなく感じておられるのでしょう。魔術の手ほどきを受けるため花家の屋敷を訪れる事が増え、多いときは七日連続で訪れたこともありました。


 それが、ある噂を広めてしまうことになりました。

 その噂とは――殿下の母親は花家当主シヴァンシカだ、というもの。


 噂は日に日に広がっていきます。貴族の間から裕福な庶民へ、そして一般の人々へ。ついには殿下が通う学校でもその噂が広がり、とうとう殿下のお耳にも入ってしまったのです。


「バカなこと言わないでよね」


 噂好きの貴族が言いそうなことだと、最初はあきれていた殿下ですが。


「……ホントにそっくりだね」

「そういう噂を聞いてるから、そう思えるだけよ」

「えー、違うよー。いい、よく見てて」


 仲良しのクラスメイトはさらさらと二人の似顔絵を書き――とても上手だったそうです――どれだけ似ているかを説明しました。そしてトドメとばかりにこう言ったそうです。


「これで親子じゃなかったら、逆におかしくない?」


 殿下はかなりショックをお受けになられたようです。

 母は死んだ、そう聞かされて生きてきたのですから。

 シヴァンシカは母の仇、そう信じて生きてきたのですから。

 その日はどうやって帰ったのか覚えておらず、翌朝にはまた高熱を出して三日も学校を休んでしまいました。


「私とあの人が……親子?」


 確かに、親子と言っていいぐらい似ています。

 魔術の才があるのは花家当主の血を引くから、そう言われたら反論できません。

 確認してみれば、シヴァンシカが大病を患ったという時期と殿下が生まれた時期もほぼ一致しています。

 一歳の誕生日を迎えるまでに病死する予定だった、それも母親がシヴァンシカだとすれば納得できます。


 ただの偶然、根も葉もない噂だ――そう一蹴したいところですが、誰もが納得する根拠を提示できません。母の名はティナと教えられましたが、名前以外のことは何も知りません。他人の空似と主張するための、確固たる事実がないのです。


 父である国王陛下にお尋ねすれば、証拠はすぐ出そうなものですが。

 殿下の母親は亡くなっている、それは陛下ご自身が発表したのです。殿下が母親のことを尋ねたとしても、同じ答えが返ってくるだけでしょう。

 そもそも陛下が、殿下の母親のことをあいまいにしているのは不可解です。問題を避けるのであれば、故人であってもどこの誰かを明言し、疑いの余地がないようにしておくべきだったのです。


 考えれば考えるほど、シヴァンシカが殿下の母親で間違いないように思えてきます。


 では、赤ん坊だった殿下を西都まで連れて逃げたのは、シヴァンシカなのでしょうか。

 記憶にこびりついている母の姿とは似ても似つきません。それは赤ん坊の記憶ゆえの間違いでしょうか。


 西都にある小さなお墓で眠っているティナという女性は、母親ではないのなら何者でしょうか。

 アルフレッド王太子の庭を手入れしていたという、庭師のティナがその人なのでしょうか。それとも庭師のティナはたまたま同じ名前だっただけの、無関係の人でしょうか。


 あまりにも情報が足りなくて答えが出せません。足りない情報を誰か教えてほしい――そう考えた殿下の脳裏に、二人の人物が浮かび上がりました。


 一人は、親代わりとなって育ててくれた、月家代理当主シュウゲツ。

 殿下にとって絶対的な味方であり、本当のことを知っている可能性は高いでしょう。ですがシュウゲツは陛下の親友でもあり、国を支える重鎮です。それに殿下がシヴァンシカを「母の仇」と口にしても、これまで一度も否定しませんでした。陛下の意を汲んで、本当のことを教えないつもりかも知れません。


 であれば、もう一人――王国のあらゆる情報に精通する風家、その当主であるノトスを頼るべきでしょうか。

 しかし真実を知った風家が、禁忌に触れたことを理由に殿下の抹殺を企てるかも知れません。国王陛下の排斥に動く可能性だってあります。そうなったら国の一大事、愛してやまない国王一家が崩壊してしまう可能性すらあります。そんなことになったら、殿下は悔やんでも悔やみきれません。


 噂のことなど知らぬふりをして、今まで通り過ごすべきか。

 こうなったら本当のことを知り、その上で今後のことを考えるべきか。


 どうしていいかわからず、殿下はすっかり塞ぎ込んでしまいました。花家の屋敷からは足が遠のき、毎日元気に通っていた学校も休む日が増えました。


 そんな殿下の様子を見かねて――西都のある人へ向けて、一通の手紙が送られました。


 それが第一のエピソードの始まり。

 さて前置きが長くなりました。早速始めるといたしましょう。

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