12.ローブの男
慌ただしい一日が終わりました。
久々の来客で気疲れしたのでしょう、花家当主シヴァンシカは夕食もそこそこに、いつもよりかなり早い時間に寝室へ入ってしまいました。
「ゆっくりお休みください」
疲れてはいるが満足そうな主の顔を見て、ミズハは嬉しく思います。大好きな草木のことを、愛らしい王女と語らえたことが嬉しかったのでしょう。今宵はきっと良い夢を見るに違いありません。
「さて」
主が休んだからと言って、ミズハもすぐ休めるわけではありません。もろもろの後片付けが残っていました。
食卓を片付け、食器を洗い、今日使った部屋を簡単に掃除する。明日の予定を確認して準備を済ませ、最後に館の戸締まりをする。
いつもはそれで終わりです。ですが今日はもうひとつやることがありました。
「さて、行きますか」
ミズハは地下の訓練室へと向かいました。窓のない地下は闇で満ちていますが、ミズハはすたすたと闇の中を歩き、迷うことなく訓練室の扉を開けました。
「こんばんは」
パチリ、と指を鳴らすと訓練室に明かりが灯りました。
訓練室には全部で七人の男がいました。うち五人は今日の昼に侵入してきた者、残りの二人は建国祭の夜に王宮でとらえた男です。
「お加減はいかがですか?」
王宮でとらえた二人はベッドに横たわり青白い顔をしていました。ミズハは二人に近づき、包帯が巻かれた腕の様子を診ます。
「悪化はしていませんが、よくもなっていませんね。まあ最低限の治療しかしておりませんから当然ですが」
「貴様……」
ミズハの言葉を聞いて、今日侵入した男の一人が憎々しげな顔でミズハをにらみました。後ろ手で縛らられていなければ、今にも飛び起きて襲いかかって来そうな形相です。
「本来、お助けする義理はないのでね。毎日消毒して包帯を取り替えているだけでも感謝してほしいですね」
男に冷ややかな視線を返すと、ミズハは手早く二人の包帯を取り替えました。それが終わると、ミズハは男たちから少し離れたところにある椅子に座りました。
「まったく」
まだにらみ続けている男に、ミズハは冷たく笑います。
「コソ泥らしく、その二人を連れてさっさと帰れば見逃したものを。欲をかくからこのようなことになるのです」
「我らをコソ泥などと言うな!」
「おや、ではどうお呼びすればよろしいので?」
「我らは……」
男が答えようとしたところでミズハが指を鳴らしました。途端に男たちの声が聞こえなくなります。何やら大声でわめき続けていますが、ミズハはクククッと喉の奥で笑い、足を組み膝に手を乗せました。
しばらく怒鳴っていたものの、声が届いていないと悟ったのでしょう。男は口を閉じ、にらみつけるだけとなりました。
その視線にニヤニヤと笑いながら、客人の訪れを待つこと小一時間。
「来ましたね」
訓練室から地上へと通じる通路の扉が音もなく開きました。仰々しい足音が響き、通路から三人の男が現れます。
一人は、ローブをまといフードを深く被った半透明の小柄な男。
その両脇に、縦に三色、黒、緑、黒と塗り分けられたサーコートをまとう男が一人ずつ。
「ご当主」
捕らえていた男たちが一斉に姿勢を正し、ローブの男に向かって頭を垂れました。どうやらローブの男が彼らの主のようです。ミズハは椅子から立ち上がり、ローブの男に問いかけました。
「あなたがこの男たちの主ですか」
『……配下が世話になったようだな』
どこか遠くから聞こえる、固く乾いた声でした。この声に半透明の姿、本体は遠く離れた場所にいるようです。
「どこのどちら様でしょうか……とお伺いしたいところですが。今日のところは不問といたしましょう」
『ほう』
ローブの奥から鋭い眼光が向けられました。その威圧感、かなりのものです。
「目的はそちらのお二人でしょう」
ミズハはベッドに横たわる二人の男を指差しました。
「どうぞお連れください。正直、こちらも持て余しておりましたので」
『そうか』
ローブの男がうなずくと、両隣にいた男が駆け出し五人の戒めを解きました。そして五人の男とともに、横たわっていた二人をベッドごと担ぎ上げます。
『行け』
ミズハを憎々しげに見つめる男たちに、ローブの男が命じました。男たちは悔しそうにしていましたが、命令に従い歩き出します。
「最低限の治療はしておりますが、きちんとした手当と安静が必要です。無理をなさいませんよう」
ミズハの言葉に礼はおろか返事すらせず、男たちは訓練室から姿を消しました。
後に残ったのは、ローブの男のみ。
男は、ゆっくりと訓練室を見回して無言でうなずくと、ミズハと向き合いました。
『ここは変わらぬな』
「おや、ここをご存知なのですか?」
『とぼけずともよい、魔女よ。私が何者か勘付いているのであろう』
その言葉が終わるやいなや。
男から凄まじい魔力が放たれました。
(幻影を通してこの魔力とは……)
油断はしていませんでしたが、その大きさには驚きました。少し侮っていたかもしれないと、ミズハは気を引き締めます。
(やはり生きていましたか。面倒なことになりますね)
ミズハは魔術攻撃に備えて身構えましたが、魔力の放出はすぐに止まりました。
『ミズハ、と言ったな』
男がゆっくりとミズハに近づき、ローブの奥から再び鋭い視線を向けました。
『裏社会で名を馳せたからと、いい気になるなよ、小娘』
「ご忠告、心しておきましょう。ご老人」
ミズハは涼しい顔で応じました。そのまま無言でにらみ合い、一触即発の雰囲気となりましたが。
『まあよい。今日はこのまま去るとしよう』
その言葉を残して、男の幻影は消えました。
しばらく様子を探っていたミズハですが、どうやら本当に去ったようです。ふう、と大きく息をつき緊張を解きました。
「やれやれ。今日のところは挨拶だけということですか」
頃合いを測り、ミズハは地上へ通じる通路を上がりました。通路の先は、美しく整えられた庭へと続いています。剣呑な連中でしたが、庭を乱すような無粋な真似はしなかったようです。
「時代に取り残された魔術師の、夢よもう一度、ということでしょうが……」
髪をかきあげ、夜空を見上げたミズハ。その赤い目を妖しく光らせ、クククッ、と不気味に笑います。
「さて、そんなにうまくいきますかね。あまり若者をナメていると痛い目にあいますよ、ご老人」




