11.発覚
「遅かったですね」
食堂へやってきたシルヴィアとニンリルに、シヴァンシカが平坦な声で問いかけました。
「申し訳ございません、ちょっとしたトラブルがありまして」
シルヴィアに代わりミズハが答えます。「ちょっとした」どころのトラブルではなかったのですが、ミズハには「どうかご内密に」と懇願されてしまいました。
「今回の件、公になればご当主が王太子殿下に厳罰を下されてしまいますので」
建国祭で見せた、アルフレッドのシヴァンシカに対する態度を思えば、ミズハの言うとおりでしょう。
いえ、そもそも王女暗殺未遂です。アルフレッドのことを抜きにしても、花家が警備責任を問われ厳罰に処されるのは間違いありません。魔術を習いに来ることも禁止されるでしょうから、そうなると困るのはシルヴィアです。「今回限り」を条件に、シルヴィアはミズハの懇願を受け入れることにしました。
(それにしても……)
彼らはいったい何者で、何が目的でしょうか。
封印されたはずの魔術を使い、厳重な警備が敷かれている建国祭の会場や四大侯爵家・花家の屋敷へ易々と入り込める武装集団。近衛隊や風家が全力で捜査をしているはずですが、未だ正体が判明したとの報告は聞いていません。
シルヴィアの命を狙うだけにしてはかなり大げさです。本当の目的は何なんでしょうか。
「殿下、どうかなさいましたか?」
上の空で食事をしていると、シヴァンシカが声をかけてきました。ハッとして、慌てて意識を引き戻します。
「すいません、ちょっと考え事を……」
「魔術のことでしょうか?」
「あ、いえ、そうじゃなく……」
言葉を濁すシルヴィアを見て、シヴァンシカが怪訝な顔となります。「しまったな」と思いました。そうだと言っておけばごまかせたでしょう。
首を傾げるシヴァンシカ、興味深そうな顔のジャターユ、食事に集中しているふりでごまかしているニンリル、そして知らん顔のミズハ。さてどうしたものかと脳をフル回転させたシルヴィアは。
「……庭、のことを」
なんとなく、そう答えてしまいました。
「庭、でございますか?」
「はい、あの……私、アルフレッド様のお庭の手入れを手伝うことになって……けど、その、私は植物にあまり詳しくないから……」
だから――どうしたいんだ私は、と言葉に詰まったところで。
「なるほど、それで殿下はご当主に色々教えてほしいと思った。そういうことですね?」
シレッとミズハが言葉をつなぎました。
「……はい?」
「魔術だけでなく庭造りまで教えてほしい、しかもご当主になんて、さすがにおこがましいと言い出せなかったのですね」
「え、ええと……」
「ということですが。ご当主、いかがでしょうか」
シルヴィアが戸惑っているうちに、ミズハが強引に話を持っていってしまいました。
(ち、ちょっとぉ!)
抗議の意思を込めてにらみつけてやりましたが、ミズハは涼しい顔のままです。さすがは裏社会で名を馳せた魔女、腹芸はお手の物のようです。
「私が殿下に、庭造りのご指導を……」
シヴァンシカが食器を置き、目を閉じて胸に手を当てました。そのまま二度ほど大きく深呼吸します。ちょっと顔がこわばっているようですが――気のせいでしょうか。
「……私でよろしければ、かまいませんが」
「決まりですね。よかったですね、殿下」
「あ、の……」
よくない、ての。
とは、さすがに言えません。なにゆえ母の仇に教えを請わなければならないのか。どうにか断りたいと思いましたが――断る口実が見つかりません。実際のところ、シヴァンシカの庭は見事なものです。指導を受けて損になることはないでしょう。
「ア……アリガトウゴザイマス」
どうにか笑顔を作りお礼を言うと、シルヴィアは少し冷めた食事を口へと運びました。
◇ ◇ ◇
シルヴィアがシヴァンシカと庭を見て回る間、ニンリルはジャターユとともに東屋で待つことになりました。
「ニンリル、ひとつ聞いてもよいですか?」
「……なんですか?」
隣に座るジャターユに声をかけられ、ニンリルは思わず身構えました。
「そう緊張なさらずに。答えられなければそれでよいですから」
問い詰める気はない、と言わんばかりにジャターユは柔らかな笑みを浮かべました。ニンリルはうなずき、質問を促します。
「先ほどトラブルと言っておりましたが、何がありました?」
「ええと……殿下に口止めされておりますので、私からは」
「なるほど。殿下に、ですね。承知いたしました」
「すいません」
「あなたが謝ることではありませんよ」
柔らかい笑みを浮かべたまま、さてどうしたものかな、という顔になったジャターユ。ニンリルが風家に頼まれてシルヴィアの付き添い役となったように、ジャターユは第一王女ステラに頼まれて来ています。後々、ステラに報告する必要があるのでしょう。
(私も、ノトスくんにどう言おうかな?)
魔術を使う五人の男が現れましたが、ミズハが即座に撃退しました。シルヴィアは無傷でこれといった被害も出ていません。報告だけして「聞かなかったことにしてほしい」と頼むのも手かなと思いましたが、シルヴィアとの約束を破りたくありません。
(ま、いいや。後で考えよ)
ニンリルはいったん考えるのをやめ、うんっ、と背伸びをしました。
秋の終わりですが、今日は本当によい天気で温かな日です。こんな天気の日に美しく整えられた庭を眺めるのは、格別な贅沢と言えるでしょう。
シヴァンシカとシルヴィアが並んで歩いているのが見えます。まるで女神のような美しさのシヴァンシカと、それに負けない愛らしさのシルヴィア。切り取れば一服の美しい絵となりそうです。
(絵だとしたら、どんなタイトルかなぁ)
穏やかな日差しに揺れる草木と花。陽光を浴びて輝く二人の銀髪。こうして遠くから見ていると、シルヴィアとシヴァンシカはまるで親子のようで、ほほえましいなと思いました。
(……ん?)
親子。
脳裏に浮かんだその単語を再認識し、ニンリルの頭の中が真っ白になりました。なんとか我に返りましたが、驚きのあまり声を上げそうになり、慌てて口に手を当てました。
(いや待って……待って待って待って!)
シルヴィアの母親は亡くなっている。ニンリルはシルヴィア本人からそう聞いています。国王もそう発表し、故人のことだからそっとしておいてほしいと詫びていました。
ですが――脳裏に刻まれたシルヴィアとシヴァンシカの容姿を比較すればするほど、疑念が確信へと変わります。赤の他人であるはずの二人が、どうしてこんなにも似ているのでしょうか。
「ニンリル、何を考えました?」
軽くパニックになっていると、ジャターユの優しい声が聞こえました。ギギギ、と首が軋む音を立てているようなぎこちない動きで、ニンリルはジャターユに視線を向けます。
「あの、その……」
「口に出さなくてよいですよ。今も、これからも。身を護るためにもね」
どうやらジャターユも同じことに気づいているようでした。そういえば、シルヴィアとシヴァンシカはともに建国祭に出席しています。間近で二人を見た者――建国祭に出席した貴族たちであれば、気づいていてもおかしくありません。
「アウラ殿も気づいております。表立っての動きはありませんが、風家は水面下でかなり動いているようです」
「そ、そうなん、ですか」
「私の見立てでは、風家はすでに臨戦態勢と言っていいでしょう。巻き込まれないよう、言動には十分気をつけなさい」
「わ……わかりました」
ジャターユの言葉にうなずくと、ニンリルは落ち着こうと深呼吸をしました。シルヴィアが戻ってきたときに不審に思われるわけにはいきません。
(シルヴィー……)
どこかぎこちなく、でも楽しそうに草木の話をしているシルヴィアとシヴァンシカ。
その二人の姿を見ながら、どうかシルヴィアがこのまま穏やかな日々を送れますようにと、ニンリルは心から祈りました。




