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08.魔術指導

 一時間ほどの歓談の後、シルヴィアは魔術の指導を受けるためミズハに連れられて庭を後にしました。ニンリルはシルヴィアについて来ましたが、ジャターユはシヴァンシカとともに別室へ行ってしまいました。新米当主として色々と教えを請うため、とのことです。

 案内されたのは屋敷の二階にある広間です。夜会のパーティー会場にでも使うのでしょうか、かなり広い部屋でした。


「さて殿下。魔術をご指導させて頂くにあたり、ひとつ守っていただきたいことがございます」

「なんでしょうか?」

「私がお教えしたことは、たとえ国王陛下であってもお話にならないようにしてください」

「なぜですか?」

「二つ理由がございます。まず第一。魔術は秘匿を旨とするもの。誰彼構わず見せてよいものではありません」


 かつて魔術が一般的で身近な技であったときも、身につけた魔術を見せびらかすようなことは忌避されていました。なぜかというと。


「魔術の本質は命令。己の意のままに『他』を操ること。それを極めんとする魔術師は、究極の利己主義者(エゴイスト)と言えるでしょう」


 それゆえに、己の手の内(魔術)を解析され、他の魔術師に付け込まれることは避けねばなりません。そうなっては己が他の意のままに操られてしまうからです。


「まあ、殿下にご指導するのはあくまで初歩。かつては誰もが使えた、身を護るためのものですけどね」

「それでも話してはいけないの?」

「そうです。理由の二つ目、魔術は今や限られた者しか使えない高度な技だからです」


 魔術を知るものであれば「初歩」に過ぎない魔術でも、知らない者からすれば理解不能な技です。理解できねば対抗できず、相対的に高度な技となるのです。


「……ニンリルはいいの?」


 付き添いの役目を果たすべく、ニンリルは広間の隅で椅子に座って見ています。その目は好奇心で輝いていて、ひとつも見逃すまいとしているようです。


「ニンリル様は、王女殿下に妙なことを教えていないという証人ですからね。ですが……他言無用でお願いいたしますね」

「はい、わかりました」


 口に人差し指を立てウィンクするミズハに、ニンリルは生真面目な顔でうなずきました。


「では始めましょうか。言っておきますが、王女殿下だからとて甘くはいたしません。きっちりシゴかせていただきますのでそのつもりで」

「の、望むところです」


 不意に鋭さを増したミズハの目に、一瞬怯んだシルヴィアですが。

 来るなら来い、と気合を入れてミズハをにらみ返してやりました。


   ◇   ◇   ◇


 およそ二時間、きっちりしっかりシゴかれました。

 自らに宿る魔力を感じ取り、ミズハの指示通りに制御する。それだけなのですが、これが非常に難しいのです。活きのいい魚を素手でつかめと言われている――例えればそんな感じでしょうか。


(む、むずかしい!)


 つかんでもつかんでも魔力はするりと逃げてしまいました。あまりにうまくいかなくてイライラすると、「魔術に怒りは禁物です。常に冷静でいるように」とミズハの指導が入ります。

 自分の魔力に振り回され続け、最後は立っていられなくなるほど疲れ果ててしまい、本日は終了となりました。


「四十点、というところですね」


 へたり込んで肩で息をしているシルヴィアに、ミズハは爽やかな笑顔で告げました。要するに「落第」ということです。


(く……くやしい……)


 そのニヤケ顔を崩してやりたいと思うのですが、もう体が動きません。野山を駆け回るのとはまったく違う疲れ方です。ニンリルに助けられどうにか椅子に座りましたが、一人では立つことも難しい状態でした。


「悔しがる必要はございません。初めて魔術を習うのであれば、初日は点数すらつけられないのが普通です」

「そ……そうなの?」

「操ろうとした魔力に押し流され、十分ともたずに魔力酔いで倒れてしまう。ほとんどの方がそうですね」


 魔力酔い、と言われてあの気持ち悪さを思い出し、ゾッとしました。それが顔に出たのでしょう、ミズハがクククッと笑います。


「ご心配なく。自分の魔力ですから、軽いめまいを起こす程度です」

「そう……よかった」

「ところが殿下は、そこを軽々とクリアし、拙いながらも魔力を制御してみせました。素晴らしい才能です、とお褒めしたいところですが」


 ミズハの笑顔が、爽やかさを増しました。イケメン・レディがスーパー・イケメン・レディへと変身します。貴族のご令嬢が見たら歓喜の悲鳴が上がるであろう、凄まじい笑顔です。そんな笑顔を浮かべたミズハが、ずずいと迫ってきます。


「西都で暮らしていたときに、どなたかに魔術の手ほどきを受けていますね?」

「え……ええと……」

「私は今、あなたの師です。正しい指導をするためにも、正しい答えを期待いたします」

「は、はい」


 圧がすごいです。これはごまかせそうにありません。まあ、ごまかす必要はないのですけど。


「大婆様の……その、月家大当主アキナ様のお付きの侍女に、ちょっとだけ」


 シルヴィアが五歳のときでした。幼稚園に通い始めたシルヴィアは、たちまちのうちに人気者になり、園のアイドルのような感じでちやほやされるようになりました。それに浮かれていたシルヴィアですが、お付きの侍女が「何か変ね」と調査に乗り出し、シルヴィアが無意識のうちに魔術を使っていたことを突き止めたのです。

 シルヴィアが使っていたのは「魅了」の魔術でした。みんなと仲良くなりたいという強い思いが魔術という形で顕在化したのです。


「とんでもない子ね」


 どうしたものか、とお付きの侍女は頭をかいていました。

 誰にも教わっていないのに魔術を発動させたシルヴィア。それはシルヴィアの才能を示すものですが、「魅了」の魔術は使いようによっては非常に危険です。そのため、お付きの侍女が魔術を止める方法を教えてくれ、よほどのことがない限り魔術は使わないように、と厳しく言い渡されました。


「なんと、そのようなことがあったのですか」


 ふうむ、と。

 ミズハが顎に手を当て、思案顔になりました。


「殿下。魅了の魔術を使ってみていただけますか?」

「ええと……ミズハさんに対して、ですか?」

「はい、そうです。どの程度のものか見ておきたいのです」

「い、いいですけど……」


 戸惑うシルヴィアに、ミズハがくすりと笑います。


「おや、ひょっとして私に魔術が効いてしまったら、とお思いですか? ご心配いりません、この私が初心者の魔術にかかるなどありえませんよ」


 カチン、ときました。


(これひょっとして、煽られてる?)


 やれるものならやってみなさい、と言わんばかりのニヤケ顔。そんな顔をされては、生来の負けず嫌いが頭をもたげます。よーしそれならやってやる、とシルヴィアは疲れた体に鞭打って仁王立ちになり、ミズハを睨みつけました。


「さあ、いつでもどうぞ」


 シルヴィアが睨んでいることなど気にもせず、楽しそうに笑うミズハ。こんちくしょう、とシルヴィアは全力出してやると決めました。


(くらいな……さい!)


 体の奥から風のようなものが湧き上がってきます。それが全身を包んだかと思うと、光となってミズハに向かって放たれた――ように感じました。


「ほう、これはこれは」


 クククッ、と笑って。

 ミズハがパチリと指を鳴らしました。それだけでミズハに向かって放たれた力がはじけ、霧散してしまいました。


「お見事です、殿下。いや予想以上、思わず防御魔法を使ってしまいました」


 一番弱いやつですけどね、とわざわざ付け加えるあたりがミズハでしょうか。


「ぐぬぬ」


 わかってた、わかっていたけれど悔しい。

 ふくれっ面になったシルヴィアを見て、ミズハが笑いました。


「そう悔しがらずに。きちんと指導を受けていない状態でこれは、かなりのものですよ」


 ミズハが手を伸ばしシルヴィアの頭を撫でました。するとシルヴィアの体内で風となっていた魔力があっという間に落ち着きました。


「ですが私がいない場で同じことは二度としないように。魔力の制御がきちんとできないうちは、体に悪影響が出ます」

「……わかりました」


 確かに魔術を使うと、二、三日はだるさが抜けません。その理由を体感した気がして、シルヴィアは素直にうなずきました。


「ところで。殿下に魔術を止める方法を教えた侍女、お名前はなんでしょう?」

「え? モミジ、ですけど」

「お年は?」

「ええと……たぶん、三十手前だと思うんだけど」

「私と同世代ですか」


 ミズハが再び思案顔となります。「モミジ……モミジねえ……」とつぶやいて首を傾げました。


「聞いたことがないお名前ですね。殿下の魔術を『魅了』と見抜いたあたり、魔術について正確な知識をお持ちのようですが……」


 五十年前に封印され伝承が途絶えたせいで、今では魔術を正しく伝える者は少なくなっています。ミズハと同世代であれば多かれ少なかれつながりがあるはずだそうですが。


「ふむ。やはり記憶にありませんね。何者でしょう」


 思いのほか真剣なミズハの表情を見て、これ言っちゃいけなかったのかも、とシルヴィアは少しだけ後悔しました。

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