07.雌雄
「ようこそお越しくださいました」
シルヴィアたちを出迎えてくれたのは、超絶イケメン・レディの侍女ミズハでした。
光り輝く金髪に、赤く光る目。その妖しさと同居する、どこぞの王侯貴族と言われても納得する美貌と優雅さ。田舎育ちの身としては圧倒されてしまいそうになります。
裏社会で名を馳せた魔女。
アルフレッドから聞いた話を思い出し、ちょっと怖くなったシルヴィアですが、負けるもんかと気合を入れます。
「ミズハ様、先日は大変お世話になりました。本日はよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。ご当主は庭でお待ちです。こちらへどうぞ」
ミズハはシルヴィアたちを先導して歩き始めました。
屋敷に入りすぐ気づいたのは、その静けさです。何かと騒がしい王宮とは違い、花家の屋敷内は静謐に満ちていました。
コツコツと響く足音がやけに大きく聞こえます。王宮では廊下を歩けば侍従や侍女とすれ違いますが、ミズハ以外の誰とも会いません。人払いをしているというより、そもそも人がいないようです。
とはいえ、寂しいとは感じません。静かで落ち着いた、清々しい雰囲気に満ちています。
(この雰囲気……)
そうこれは、神殿の雰囲気です。厳かな雰囲気に知らず気が引き締まります。人間ではなく神様に会いに来た、そんな気すらしてきました。
(そういえば、花家の当主は……)
魔女に守られし聖女。
花家当主はそう呼ばれています。聖女が住む屋敷だと考えれば、この雰囲気も納得です。
「え……すごい」
庭に出て、シルヴィアは思わず声を漏らしました。
なんと美しい庭でしょうか。
過度に人の手が入ってはおらず、さりとて放置されているわけではない。自然の美しさを最大限に活かす、そんな意図を感じる庭造りです。
「すてきなお庭!」
ニンリルが素直に感嘆の声を上げました。ジャターユも感心してうなずいています。
「これは見事ですね」
「ありがとうございます。ご当主がお喜びになります」
庭の手入れはすべてシヴァンシカが行っている、そう聞いてシルヴィアはさらに驚きました。
「シヴァンシカ様が、ですか?」
「ええ。毎日庭に出て手入れしていますよ」
長患いで屋敷に引きこもっていたシヴァンシカは、療養とリハビリを兼ねて庭いじりに精を出していたといいます。
「おかげさまで、本職顔負けの腕前になってしまいまして。花家当主としてはどうかと思いますが、たいしたものでしょう?」
「はい……すごいと思います」
シヴァンシカは、東屋でシルヴィアたちを待っていました。
色白で華奢な体に、ゆったりとした白い服を身に着けています。晩秋の柔らかな日差しの中、長く美しい銀髪がキラキラと光っていました。
美しい庭の中で静かに佇んでいるその姿、まるで女神のようです。
いつか倒すと誓っている母の仇――そのはずなのに、その清らかで落ち着いた美貌を目の当たりにすると、ぼうっと見とれてしまいます。こんなに清らかな方が本当に自分の母を殺めたのかと、疑念すらわいてくるほどです。
「ようこそお越しくださいました」
無表情のまま、静かに一礼するシヴァンシカ。シルヴィアたちも礼を返し、勧められた席に着きました。
すでに用意されていた茶器から、シヴァンシカが手ずからお茶を入れます。その間にミズハがお茶請けを用意し、テーブルに並べました。
「まずはご歓談を。本来の用件の方は、少し準備が必要ですので」
ではよろしくお願いいたします――シヴァンシカにそう言い残し、ミズハはいったん立ち去りました。
東屋を沈黙が支配します。
(え……えーと……)
主人はシヴァンシカで、主賓はシルヴィアです。
まずはこの二人が口火を切るべきですが、シヴァンシカは無表情のまま口を開こうとしません。身分としては上になる、王女であるシルヴィアが口を開くのを待っているようです。
(……どうしよう?)
助けを求めるようにジャターユを見ましたが、済ました顔で黙ったまま。付き添いとして連れてきたニンリルは――さすがに第一声を任せるわけにはいきません。
焦って迷って周りを見て、あ、と思いました。東屋からそれほど離れていない場所に、見慣れた木が植えられていたのです。
「あの、シヴァンシカ様。あれは銀木犀ですよね?」
シヴァンシカが数度瞬きし、シルヴィアの視線の先に目を向けました。
「ええ……そうです」
「私、銀木犀が好きなんです。シヴァンシカ様もお好きなんですか?」
「ええ」
ほんの少し、シヴァンシカの顔が緩んだようでした。
「色々と、思い出がありまして。一番お気に入りの木です」
銀木犀に向ける、シヴァンシカの静かな眼差し。そこにはたくさんの思いが詰まっているようでした。それが喜びなのか悲しみなのか、シルヴィアには読み取れません。
「殿下は、なぜ銀木犀がお好きなのですか?」
「え、あ、私は……」
その静かな眼差しを向けられ、シルヴィアはドギマギしました。
「西都の、私が暮らしていた家にも植えられていたんです」
それは一歳の誕生日に贈られたものであること、まるで妹みたいに感じていること。
以前、王太子のアルフレッドに話したことを話すと、シヴァンシカが無言のまま目を見張りました。
「……そう。妹、ですか」
少しの間をおいてつぶやくと、シヴァンシカの口元がほころびました。
(うわ、笑った)
無表情でお人形のようなシヴァンシカが、初めて見せた感情。この人も笑うんだと、失礼なことを思ってしまいました。
(ひょっとして……子供っぽいと思われたのかな?)
いつも気難しい顔をしているアルフレッドも、同じ話で笑顔を浮かべていました。
たしかに、庭に植えた木を妹のように感じているというのは子供らしいエピソードかもしれません。ほほえましいこと、と思っての笑顔でしょうか。
ですが嫌味というかバカにした感じはなく、とても温かい笑顔でした。子供っぽいと思われたのだとしても、まあいいかと許せる笑顔です。
「ですが殿下。ひとつ確認すべきことが」
「なんですか?」
「銀木犀には雌雄がありまして。ひょっとしたら弟かもしれませんよ」
「えっ、そうなんですか!?」
ちらりとニンリルを見ると、そうだよ、という感じでうなずき返されました。好きな木のことなのにそんな事も知らなかったなんてと、ちょっと恥ずかしくなります。
「雌の木なら実が成ります。西都の木はどうでしたか?」
「え、えーと……」
毎年花が咲くのを楽しみにしていましたが、実が成っていたかどうかは気にしていませんでした。
「ではお手紙で聞いてみてはいかがですか?」
「はい、そうします」
「ちなみにここの木は雌雄どちらもあります。右が雌で、左が雄です」
「あの、雌の木はお花が咲かないんですか?」
雌の木の方には花がなく、雄の木の方には花が少しだけ残っていました。
「いいえ、どちらも咲きますよ。雄の木の方がたくさん花が咲くので、残っているだけです」
「そっか、もう時期も終わりですものね」
だとしたら。
「アルフレッド様のお庭にも銀木犀があるんです。まだ花が咲いていたから、あれも雄の木なんでしょうか?」
ひゅっ、と。
シヴァンシカが音を立てて息を吸いました。シヴァンシカの顔から笑みが消え、人形のような無表情に戻りました。
「シヴァンシカ様?」
「いえ、その……アルフレッド殿下のお庭に、入られたことがあるのですか?」
「え、まあ、はい」
入ったというより忍び込んだですがとは――さすがに言わないほうがいいでしょう。
「そう、ですか」
「あの、それがなにか?」
「いえ、あまり他人を入れないと伺っていましたので……少し驚いただけです」
シヴァンシカは気持ちを落ち着けるように、お茶を一口飲み、息をつきました。
「……そうですね、まだ花が咲いているのは、おそらく雄の木かと思います」
「わかりました、戻ったら確認してみます」
それからしばらく歓談は続きましたが。
以後、シヴァンシカが笑みを浮かべることは一度もありませんでした。




