患者のこない整骨院 6
庭先にコスモスの花が揺れています。
古くから伝わる民謡のように、お婆さんが仏壇に向かってお経をとなえる声が、線香のかおりに乗って届いてきます。
先生は黒い皮の往診バックを下げて、今日もまたお婆さんの家を訪ねていました。
ひととおり治療を済ませて、うつ伏せに寝たお婆さんの腰に湿布をはって今日はこれで、おしまい!となるはずでしたが、いつもは饒舌なお婆さんが今日に限って、なんだか元気がありません。
「どうしたんですか?体調がわるいのですか?お供えの饅頭でも食べすぎてお腹でも壊して……」
「ちがうわい!」
お婆さんはくるっと仰向いて、治療の効果が出てきたのか、畳に手も付かずに勢いよく起き上がりました。
それから、不意にしんみりと下をむいて「実は…」と切り出しました。
「わしの通ってるディサービスがの、来年の春で閉まって、なくなるかもしれないんじゃ。俗にいう人手不足というやつでな」
「ディサービスに通ってらしたんですか?」
道で転けていたことはありますが、元気そうなお婆さんなのにと、先生は意外に思いたずねました。
「そうじゃ、一人暮らしじゃし、腰も膝も悪いから、介護の位が、たしか……要注意1とかいう一番軽いヤツでな」
要注意…?? なんだか要介護とか要支援と間違っている気もしましたが、お婆さんが荷物をまとめてディサービスに行くというので、先生も一緒に家を出ることにしました。
「ふつうディサービスっちゅうところは、送り迎えしてくれるんじゃが、わしみたいに要注意の人は、元気じゃから迎えに来てもらわなくてもいいことになっとるんじゃ」
〝ディサービス〟が、タバコ屋の角を右に曲がって、その先の角を左に曲がったすぐご近所にあるので、お婆さんは健康のために自力で歩いて通っているそうです。
さっきまで晴れ渡っていたが雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだと気づいたのは、お婆さんが傘を持たず玄関の開き戸をくぐったその時でした。
「あちゃー!傘を持って出ないとあかんがな」
雷がゴロゴロ鳴り、空からは今にも大粒の雨が降り出しそうです。
お婆さんは、ディサービスでお風呂に入れてもらうんだといって、着替えやタオルの入った大きな風呂敷を抱えています。傘を差して歩くのはとうてい無理に感じられました。
「ひゃーははは、すまんのう先生!
傘まで差してもろうて、ディサービスまで送ってくれるとは!」
〝ディサービス〟に電話して、迎えに来てもらってもよかったんやけど
と、お婆さんは小声で付け加えました。
「いえいえ、大きな荷物を抱えて、転ばれたりしたら、また治す方のわたしが大変ですからね。どうせ医院に戻ってもお客は来ていません。ヒマだからいいんですよ」
先生は大きな背中にお婆さんをおぶって、お婆さんは傘を広げて自分と先生とが雨に濡れるのを防いでいます。
「それそこ、そのタバコ屋の角を右に曲がって、次の角を左に曲がって3軒目のところじゃ」
お婆さんが通うディサービスが見えて来ました。