第七話 異変 ※
「転生者様。あなたは転生者様だったのですね……⁉︎」
シスター・イリスはそう言った。瞳に涙を浮かべ、震えてすらいた。口元はほころび、俺をまっすぐに見つめていた。
「シ、シスター・イリス、何を言っているのですか? 転生者とは……」
司祭の戸惑いをよそに、イリスは俺の方へ歩み寄る。
「ああ、私は何という幸せ者なのでしょう、転生者様に巡り会えるだなんて……。これも神のお導き。神は私の祈りを、聞き届けてくださったのですね……!」
彼女は俺の手を取った。両手で大事そうに包み、胸にかき抱く。俺の手が脂肪にうずもれた。
「どうりで、奴隷種族の獣人にさえも慈しみを忘れなかったはずです。何という慈悲深さ、何という高潔さ。まさしくあなた様は私が追い求めた転生者様です」
「シスタ・イリス、手を離してくれ」
「シスター・イリスよ、ロス殿がお困りだ。お離しなさい」
イリスはただ熱っぽく俺を見つめていた。司祭の声も耳に届いていないようだ。
「さ、シスター・イリス、手を離して……」
司祭がイリスの腕を掴んだ時だった。
イリスは凄まじい形相で俺の手を離し、司祭の手も振りほどくと、彼を突き飛ばした。
「な、何を」
「よくも、このチレムソー教徒めッッッ!」
イリスが金切り声で叫んだ。その剣幕に、俺の左腕でラリアがびくりと震えた。
「司祭様……今まであなたは私を騙していたのですね……獣人が汚らわしい種族で、けして歩み寄ってはならない存在だと……それがチレムソー神の教えだと……ですが私はロス様に出会って目が覚めました。その優しい心に触れて、今まで私は間違った道を歩んでいたのだと……」
呆気に取られる司祭をよそに、イリスは俺を見返った。
「それを、こんな短いやり取りだけで気づかせてくださるだなんて……」
その目は血走り。
そして叫んだ。
「さ す が で す わ ロ ス さ ま ッ !!」
イリスは俺に近づきながら、なぜかローブに手をかけた。前を開き、脱ごうとしている。
俺は気づいた。
この女、ローブの下に何も着ていない。
彼女が上から大きなボタンを外すごとに、白い乳房が露わになっていく。
「さあロス様、始めましょう」
「………………何をだろう?」
「何をって……ハーレムです」
「ハーレムは服を着ていてもできるはずだ」
「まあ……。つまりロス様は、着たまま、がお好きなのですね? 聖女を組み敷く、そういうやり方がお好みだと……」
「シスタ・イリス、君はハーレムを勘違いしているんだ」
熱っぽく、乱れた吐息で囁きかけるイリスを前に、俺は後退った。左腕が振動している。ラリアが異変を感じ取り震えているのだ。
「お、おやめなさいシスター・イリス! どうしたと言うのですか!」
「あ、離して」
「そのような、男性の前で肌を露わにするなど、神はお許しになりません!」
「やかましいッ!」
取り押さえようとした司祭を、イリスは力尽くで振りほどいた。そして祭壇に置いてあった燭台を引っ掴むと、司祭の頭をぶん殴った。
「ぎゃっ!」
「邪魔をすると言うのですか! 他人が書いた本を読み上げるだけでお金を得ようとする詐欺師の分際で、ハーレムを邪魔すると言うのですか! この!」
転倒した司祭を、イリスはなおも殴り続けた。白い床に血液が飛ぶ。
「何て罪深い……! 転生者様に逆らって、獣人を蔑もうだなんて、何て罪深い! そんな教義を掲げるものはこうです! こうです!」
教会に鈍い打撃音が連続して響く。司祭はすでに悲鳴さえあげていなかった。俺は出口を見た。誰か入ってこないものか。通報すべきだった。しかし扉は閉ざされ、敬虔な通行人が現れる気配はない。きっと今日は日曜日ではないのだ。
床に金属が転がる音がした。
思わず振り返ると、燭台を投げ捨てたイリスがこちらを見ていた。臍のあたりまではだけたローブに赤い返り血を浴びたまま、微笑んでいた。
「さあ……転生者様。いえロス様。私もあなたの旅路にお加えください。これも神のお導き」
そう言って、ゆらりと近づいてきた。
俺は後ろに下がろうとした。しかしベンチに蹴つまずき、その上に倒れ込む。そこへイリスがさらに近づいてきた。
「私は最初の者なのでしょうか? 私がメインヒロイン? やはりその獣人の少女が……いえ、ロス様。嫉妬しているわけではありませんよ? たとえ神の教えが獣人を排そうとしても、決めるのはロス様。ロス様だけが、そうする権利をお持ちなのです。ならば私はただ宿命を受け入れ、ロス様のお側に侍るのみ。それこそが、神の御意志なのですから」
イリスの言うことは矛盾していた。
そもそも獣人であるラリアに最初に忌避感を示したのは彼女であり、司祭はむしろラリアを庇っていたのだ。
俺は立ち上がろうとしたが彼女が覆い被さってきた。ラリアが悲鳴をあげた。
「さあロス様! 私も抱いてください!」
「離せィ!」
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
俺はイリスを投げ飛ばした。イリスが掴んでいた俺のシャツが千切れていく。彼女はベンチ群を連続して砕きながら、教会の祭壇から出口側まで一直線に飛んで行って、壁に激突した。
まったく驚くべきことに俺とイリスが跳ね起きたのは同時だった。
イリスが前かがみに、獣の如き速度で出口方向から俺に疾駆してくる。
俺は自分がミスをしたらしいということを認めざるを得なかった。
俺は祭壇側。
なぜ俺は彼女を出口の方へ投げたのか。
これでは逃げられない。
「マ、マスター……!」
ラリアが不安げな声で呟いた。
距離、約7メートル。イリスが怪鳥の如く飛び上がった。恐るべき速度で俺に襲来する。
––––その刹那。
《ツープラトンのスキルが解放されました》
直感。
そう表現するにはあまりに長い情報が、俺の脳内に一瞬で閃いた。
『このスキルは他者と共同で発動させるスキルだぞ! 君の転生者パワーが相棒に注入され、相棒は敵を打ち砕く武器となる! あんまりコキ使いすぎて友達をなくさないように注意してね!』
俺は左腕のラリアを引き剥がし、頭上に掲げた。
空中のイリスが目を見張った。
「ま、まさかロス様、奴隷を盾に⁉︎ い、いいえ! その機転、流石はロス様……」
「あいにくだがレディー、奴隷というものは契約を交わしてそうなるものだ。したがってラリアは奴隷なんかじゃない」
「マ、マスター⁉︎」
「何という平等主義、流石はロスさ……」
「弾丸だ。行けラリア」
俺はイリスめがけ、ラリアを投擲した。
次の瞬間、ラリアは強い輝きを放った。
「は、はわわーっ⁉︎」
「な、ロス様、これは……⁉︎」
そして高速で飛んだ。
光弾と化したコアラが狂った性女のドテッ腹にめり込む。
「ぐば!」
イリスは今度は右の壁に激突する。
しかし敵もさる者、両足を踏みしめ立ち上がった。
「我が身……その奥、泉のほとり……! 湧き出でて癒せ! リジェネート・アクセラレイター!」
イリスが何か呟いて、彼女の体が青い光に包まれた。すると息も絶え絶えだった性女が力強く立ち上がった。
「マスター! 回復魔法です!」
ラリアはまだ宙を舞っている。
「ふむ」
そんなものがあるのかと考えているさなか、イリスが再び突進を開始した。
俺はそれを指差した。
空中のラリアがイリスへ突入した。
イリスは両腕を交差して防いだが、衝突のエネルギーを吸収できず吹き飛ぶ。
俺は破れた服を千切って脱ぎ捨てながら、出口へ歩いた。
「あ、ロス様、お待ちを……!」
背後でラリアが衝突を繰り返す音が聞こえる。
それは上下左右を問わず縦横無尽に、立体的に行なわれていた。
壁、天井、様々な場所に激突している。砕けたベンチの破片を踏みつけながら俺は扉へ向かう。派手な音が聞こえた。ステンドグラスが割れたようだ。パラパラと石片が落ちる音も聞こえてくる。俺は出口の扉に手をかけた。
ラリアが戻ってきて、また左腕に収まった。
扉を開ける。外の光はやたら眩しく見えた。もう夏なのだろうか。
「マスター、やっつけました!」
「やれやれ」
後手に扉を閉めると同時に、扉を残して教会は崩落した。
きっとどこかの金持ちが再建のために募金してくれるだろう。
そうであるよう、俺は神に祈った。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、宗教とは一切関係ありません。




