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第七十七話 着装せよ! ロス・アラモス!


 ハルは思いの丈を炭水車の上で、地団駄を踏みながら叫んでいた。


 石炭を踏みしめるじゃらじゃらとした音がここまで聞こえてくる。


 幼児だった。

 それが無敵の転生者、ハル・ノートの正体だった。


「ハル……」


 俺の背後でブリジットが言った。


「どうしたの……? 子供を、お……犯すって何よ……? そんな、何を言って……あんた、そんな奴じゃなかったでしょ……?」


「うるさいブリジット!」


「ねえハル。あたしとあんたが初めて会った時のこと覚えてる? あたしがあの強欲な男の慰み者にされようとした時、あんたはすごく怒って助けに来てくれた。周りは敵だらけ、誰も味方なんかしてくれないのに、それでもあんたは助けに来てくれた。ねえ、どうしたのよ……あんたはあの時私に言ったわ。女性を傷つける奴は許せないって。なのにどうして……」



「あーうっせうっせっ! そんなもん、おまえの気を引くために決まってんだろバーカ! 周りは敵だらけ? 俺に敵なんかいねーよ! 俺は転生者だぞ! マジ強いんだぞ! あんなもん、あんなもん、蝿を追い払うようなもんだ、簡単なもんだよ! それでカッコいいところ見せてよ、おまえとヤろうと思ってたんだよ! 別におまえに興味があったわけじゃねーんだよ、自意識過剰になってんじゃねーよ! みんなから感謝されて、恐れられて、いい気分になりたかっただけだよ! 

なのに全部台無しだよぉあーもぉ〜! 何がヌルチートだバーカ、余計なことしてんじゃねーよ! 最強でいいんだよ! 無双でいいんだよ! もう何なんだよヌルチートって! ヌルチートがまず何だよ⁉︎ いるか⁉︎ その要素⁉︎ みんなただ俺をちやほやしてりゃよかったんだよ!

なのに、なのに、おまえら、そうやって俺を追い回して……前世の奴らみたいに、俺をバカにして、みんなが俺を嫌ってて……!」



 俺の視界の中で、ブリジットが震えていた。隣のアリスは少しだけ呆然とした顔をしつつ、ブリジットをチラチラ見ている。


「そんな……嘘……あたし、あたしは」


 ブリジットがぐらりと揺れた。アリスが抱きとめていなかったら、線路に落ちていたかも知れない。


「おいブリジット! ロスから目を離してんじゃねーよ、持ち直すじゃねーか! はー、つっかえ……あ、そうだ! しっかりロスを見張ってれば、また抱いてやってもいいけど? そうだブリジット、おまえがとどめを刺せよ! そうすりゃ、おまえだけでもガスンバに連れてってやってもいいぞ? ただし、もう俺に逆らうのは勘弁な。おまえ俺のこと好きなんだろ? 俺はおまえの恩人だよな? じゃあやれよ。ロスを殺せ! 早く!」


 アリスの腕に抱きとめられたブリジットが俺を見ていた。

 彼女は取り落としそうだったクレイモアを握り直した。


「……ブリジット様。よしなって。もうあんな男にそんな価値ない」


 震えるブリジットを抱きアリスは囁いた。


「あーしだって人のこと言えた義理じゃない。ブリジット様とケンカもしたよ。でもさ。あーしと違って、あんたはマジでハルっちのこと好きだったんだよね。あーし、それよく知ってる。

だからやめて。

ブリジット様。あんな奴のために好きって気持ちを使うのやめて」


 アリスはクレイモアを握るブリジットの手を掴む。


 アリスの真意はどこにあるのだろうか。

 新しい健康な転生者である俺を死なせたくないだけか。

 論理性のない友情か。

 そうかも知れない。

 女同士に永遠の友情がないように、永遠の敵対もないのかも知れない。


 だがクレイモアの周囲に靄がかかり始めた。

 おそらく冷気。


「私……私はハルと……一緒に……!」

「違うんだよブリジット様、聞いて! その気持ちはヌルチートの……」


 その時だった。


「やめるですよー! マスターを殺しちゃだめーっ!」

「うわ、こ、こいつ、おとなしくしろ!」


 見上げてみると、ラリアが暴れている。

 同時に鉄の軋む甲高い音。


「う、うわ!」


 ハルがぐらついた。

 俺の手元の手すりが、俺の体に衝突した。


 違う、俺が追突したのだ。ブレーキがかけられていた。

 キリーが機関手を説得したのか、列車が減速を始めたのだ。


「ロス君、危ないっ!」


 衝撃のため俺はレールから落ちてしまった。

 手すりにかろうじてしがみつき、大渓谷の崖に身を晒す。底も見えない深いクレバスを覗き、胃袋がせり上がる。


「……ちっ、しぶとい奴だな。落ちればよかったのに」


 ハルの声が頭上から降ってきた。そして……。


「あーもうメンドクセ。返してほしんだろ? ほらよ」


 ラリアを放り捨てた。

 俺の方へ。


「あ………………」


 大渓谷に身を投げ出されたラリアが、俺の頭上を越えていく。


 俺は線路の木組みを蹴って跳んだ。

 落下していくラリアへ向けて。


「マスター、ダメ……」

「ロスく……くそっ!」


《パンジャンドラムは固有スキル、レギオンを発動しています》


「ゴブリンー! さっきの手は使わせねーぞッ!」


《ハル・ノートは無詠唱(スペルレス)のスキルを発動しています。フレイムキャノンの魔法が使われています》


 俺の背後、列車の方で爆音が轟いた。何が起こっているのかはわからない。ただ熱と、ゴブリンズの悲鳴が聞こえた。おそらくパンジャンドラムがヌルチートの視界をふさごうとしたが上手くいかなかったのだろう。


「ブリジット! 目を離すなよ!」

「あ、あ……私は……!」

「ロス君ーっ!」

「あーあ、ここまでか……」


 地平線が上へ登っていく。

 青い空は消え、大渓谷の茶色い岸壁だけが景色となる。

 俺の目の前でラリアは泣いていた。





 ラリアの瞳から涙の粒がこぼれた。


 太陽の光にゆっくりときらめくのが見える。


 なぜかスキルを発動したかのように時間が遅く感じられた。


 きっとこれは真剣に、俺のアドレナリンなんだろう。


 そうに決まっている。トラックのヘッドライトを見た時もこうだった。


 ふと。


 フランス人はいかなる場においてもその場に適した言葉を持っているという伝説が頭に浮かんだ。


 どんな場においてもそこにふさわしい一言を持っていて、どれもが上手くツボにはまるのだと。


 大渓谷に舞う、アドレナリンが見せるスローな涙を見ていると、何となくそれが思い出された。


 かつてフランス人は言った。


 どれほど玉座が高い所にあろうが、自分の尻の上に座っていることには変わりない。


 だそうだ。


 まったくロス・アラモスというスカした三角帽子は何を期待してこの場に臨んだのだろう。


 サッカレーの王子を救い。泥沼にはまり込んだ同郷の士を助けて。


 そうしてどうなりたかったのだろう。


 両方にいい顔をすることで。


 俺は誰に何て言って欲しがっていた?


 はじめからシンプルにいくべきだったのだ。


 クソにまみれた自分のケツは自分で拭かせればいいだけの話だったのだ。


 ゆっくりと近づいてきたラリア。


 手を伸ばす。


 まったく、やれやれだ。


 あともう少しが届かない…………。





「ブゥゥゥゥ……リいィィぃぃ……ジィィィィぃぃ……



《アドレナリン・スローヴィジョンの効果が切れました》


……ットォォ! 何でてめー目を逸らしてんだよォッ‼︎」





剣聖(ソードマスター)・18アームズのスキルが発動しました》


 走馬灯にはまだ早かったようだ。俺は自分でも驚くほどの迅速さでコートを脱いだ。

 右袖を掴んで鞭のようにしならせる。


「はわわ⁉︎」


 コート左袖、ラリアに絡んだ。引き寄せる。

 手を掴んだ。


《ラリアの毒素消化(ディジェスター)が発動》


《ツープラトンのスキルが発動しました》


「行くぞーラリアーッ!」

「……お? おーっ!」


 空中で客車を見上げ、腰を捻り、振り向きざまラリアをフルスイングで投擲。


《カミカゼ・ブーメラン‼︎》


 光弾と化したラリアは一直線にブリジットへ飛ぶ。


「ひえっ、な、何⁉︎」


《アリスはパトリオット・シャッターのスキルを発動しています》


 思わずなのだろう。ラリアと客車の間の空間に、星型の白い壁が出現した。


《ラリアはコアラ・クローのスキルを発動しています》


《2つのコアラ・クローに、通常の3倍の回転をかけることができます。承認しますか?》


 何でもいいから勝手にやればいい。


《承認しました。ラリアはスピン・ザ・スカイのスキルを発動しています》


「おりゃあーっ!」


 錐揉み状に回転したラリアが《パトリオット・シャッター》に突入。

 一瞬でブチ破った。


「あ、あわわ」

「きゃあっ!」


 そのまま客車の壁に衝突。おぞましい破壊音と共に一直線に貫通し、向こう側へ突き抜けていった。

 そして大きなカーブを描いてUターンし、上路アーチ型鉄道橋の下をくぐり高速でこちらへ戻ってくる


 水泳の飛び込みのように両手を頭上に伸ばしているラリア。

 その手はヌルチート胴体を串刺しにしていた。ラリアの回転に振り回され放射状に血を撒き散らして、こちらへ突っ込んでくる。


「ふーんっ!」


 ラリアが両手を開くとヌルチートが真っ二つ。そしてラリアは叫んだ。


「マスター! もう一回!」


 ヌルチートが全滅した以上、俺はこのまま落下しても《ゼロ・イナーティア》がある。ラリアは何をするつもりなのか。

 言われた通りラリアをキャッチし、


《カミカゼ・ブーメラン‼︎》


 もう一度投擲。

 すると投げた直後に光弾ラリアが急速旋回し、俺のドテッ腹に頭突きしてきた。


「ぶぉっふ!!!!!」


 そしてそのまま再び急旋回。

 くの字に曲がったまま背後を見やれば、鉄道橋の木組みが迫ってくる。

 ラリアは俺を線路下部まで押し戻し、トラス構造の木組みの隙間に捩じ込んだ。


「マスター、やったですよ!」


 木組みの上に乗せられた俺。その腹の上でラリアが満面の笑みを浮かべている。

 それに対して俺は口をパクパクさせることでしか返答できなかった。息ができない。


 いずれにせよ危機は脱した。

 ヌルチートも全て始末。

 こちらのターンだった。


 俺はラリアを左腕に登らせ完全体ロス・アラモスとなると、上を見上げた。

 線路まで15メートルはあるが、スキルを駆使すれば登れそうだ。


《ゼロ・イナーティアのスキルが発動しました》


《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》


 木組みをまるで、水平の床を四つん這いで走るように駆け上がる。

 斜め上方。目標は機関車。あっという間に近づいてくる。

 ハルの姿も視認した。


「クソッ! ロス・アラモス! てめえ!」

「パンジャンドラム! 遠慮はいらん、あの汚いケツを蹴飛ばしてやれ!」


 俺は叫んだ。しかしその時。


「クソクソてめーら! 全員まとめて死ねえ!」


《ハル・ノートは無詠唱(スペルレス)のスキルを発動しています。フレイムキャノン》


 機関車の方から特大の火球が発された。

 これまでにも魔法による攻撃を見たことはあったが、比較にならないサイズの火球だった。皮肉抜きに大きすぎるという意味だ。


 そして火球が機関車と客車の間の線路に着弾し、大爆発を起こした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人質はもういない。終幕に向けて加速する。女は怪物ではない。男と変わらない良心がある。単なる転生者を搾り上げる機械ではない。それぞれ人間性を持っている。それぞれの良心がありそれぞれの暮らしが…
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