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第四十五話 かわいい女 2


「招き入れていただき、感謝するでござる。拙者、キリー・マーダレアルと申す者。このスコーウェルの村に、拙者の兄であるカスパールなる人物がいると聞き及び、訪ねて参ったる次第。ご存知ありませぬでしょうか?」


 キリーは礼儀正しく挨拶をした後切り出した。


 それからしばらくの間、長老は停止していた。

 死んだのか、と思っていると、長老は初老の女性の方を向いて尋ねた。


「この村にそんな名前の者がおったかのう? 儂の記憶にはないが……」


 どうやら村民の顔ぶれを思い出すために他の機能を停止していたらしい。話を振られた女性は首を横に振る。


「最近、訪ねてきて、また出て行ったということは……」

「うーん……そんなこともないのう。このスコーウェルは貧しい村。好き好んで訪ねる用事のある者もおらぬ」

「村に来る旅商人はみんな顔見知りですし、その中にカスパールという名の人はいませんし……」


 長老と女性は首をひねっていた。

 キリーの後頭部が見えていた。彼女は少しうつむいた。


 俺は賞金稼ぎギルドのウルフの言葉を思い出していた。彼は、カスパールをスコーウェルの周辺で見かけたという情報があると俺たちに話した。あくまでも、周辺で見かけただけだと念も押していた。

 俺は言った。


「長老。この辺りで、山賊の被害はあっただろうか?」


 長老と初老の女性が俺の顔を見て、そしてキリーも振り返った。

 長老はまた停止していた。それから、


「うーむ……一帯に、山賊が出没し始めたという噂は聞いたことがある。じゃが、この辺りではまだそんなことがあったとは聞いておらぬなあ」


 髭をしごきながらそう言った。

 俺は少し考えて、


「長老。しばらくこの村で聞き込みをしたいんだが、許可をもらいたい」


 そう言った。




 キリーが俺に尋ねごとをしたのは、長老の家を出てすぐのことだった。

 脇に花の咲く道を、彼女はラリアの手を引きつつ歩きながらこう訊いた。


「ロス殿。聞き込みをすると申されたが、何かわかるでござろうか? 長老も、女の人もご存知なかったでござるが……」

「どうかな。だが試してみるほかないだろう」

「……何かあてでも?」

「賞金稼ぎギルドのウルフが言っていた。ミスタ・カスパールはスコーウェルの周辺で目撃された。奴はスコーウェルにミスタ・カスパールがいるのではなく、あくまでもラーデールからスコーウェルへの街道で目撃されたと話していた」

「ええ、それで……」

「俺は、ひょっとしたらミスタ・カスパールは山賊に襲われたんじゃないかと考えた」

「な、なんと⁉︎ そ、それでは……」

「だが長老は、スコーウェル周辺では山賊の被害を聞いたことがないと言う」

「む……」


 俺は村の小道の脇に立っている樹の下で立ち止まる。


「暑いな」

「そんな格好してるからでござるよ。それで、カスパールは、兄はいずこに……」

「わからん。それをこれから訊いて回る」


 頭がかゆくなってきたので、帽子を脱いでかこうと思った。一瞬それを躊躇してしまったが、バカバカしいと思って堂々と脱いだ。今の俺には髪があるんだった。


 カスパールは街道で目撃されたという。スコーウェル周辺というが、それはスコーウェルへ向かったという意味ではなく、ラーデール方面へ向かっているところを目撃されたのかも知れない。

 だとすればここにはカスパールはいないかも知れないが、他にあてもない。


 キリーが俺の顔を、じっと見上げていた。

 何だろうか。髪が生えているというのは実は俺の妄想で、やはりその露見された惨めな頭皮を見て、この15歳は俺をあざ笑っているのだろうか。


「あの……ロス殿」

「何だろう」


 俺は帽子をかぶった。可能な限りさりげなく。けして他人の視線に気づいたから慌ててかぶったのではないということは強調すべきだった。


「ロス殿は、スコーウェルに兄がいないということがわかったら、ギルドへ戻るよう言われておりました」

「そうだったかな。いや、そうだった」

「なれば、もはやあてもなく拙者の兄探しに付き合ういわれはござらぬのでは……」


 俺はキリーの瞳をじっと見下ろした。


 ハゲはもう帰れというわけか。

 用もないのに15歳の少女に付きまとうなと。

 たしかに言われてみれば、俺はカスパールを捜索し見つけ出すことを頼まれたわけではない。

 何もここでマニュアル以上の業務をこなすこともない。たとえそれが、艶やかな髪を持つ中学生ぐらいの女の子と行動を共にする仕事であったとしてもだ。俺は言った。


「……やりかけの仕事というのは心にしこりを残すものだ。ミスタ・カスパールはスコーウェルに確実にいなかったと確認し、ギルドにそう記録を残すのも義務かと思ったが……もう必要ないというなら、俺は行く」


 このまま帰っても駄賃ぐらいは出るだろう。ラリアのためにも南へ向かわなくてはならない。俺はラリアに向かって左腕を差し出した。


「あ、あの! 違うでござる!」


 キリーはラリアから手を離し、慌てて振った。


「拙者、嬉しかったのでござる。故郷より()でて2年、1人で兄を探して、心細い旅を続けて参りました。もはや見つからぬのではと思いはじめていたところ、スコーウェルに手がかりがあると……」


 胸の前でぎゅっと両手を組み合わせて、キリーは目を伏せる。


「しかしスコーウェルへ来て、やはりカスパールなどおらぬと言われて、ああ、また空手形を掴まされたと思っておりました。また、ここも違うのかと」


 それからキリーは、言葉でも探しているのか、うつむいたまま黙った。

 俺は賞金稼ぎギルドの近くで彼女と再会した時の出来事を思い出す。えらく治安の悪い場所で、少女の一人旅。俺は訊いた。


「2年も兄弟を探していると言ったな。ご両親と手分けでもしているのか?」

「…………父母は、流行病で亡くなりました」


 キリーは首を横に振りながらそう答えた。

 天涯孤独。その四文字熟語を背負うには、俺には彼女の肩は細すぎるように見えた。


「……しかしそのような時に、見ず知らずのロス殿は兄を探すために知恵を絞り、足も使って、骨を折ってくださると申されました。まるでそうすることが当たり前のように、ためらいもなく。拙者、故郷を出でて2年、サッカレーの冷たき浮世にて、このような親切を受けたことは初めてでござる……!」


 キリーは顔を上げた。木陰の中で、彼女の瞳には涙が滲み、木漏れ日に光っていた。

 ところで、信じがたいことが起こっていた。


 キリーが俺の左手を掴み、両手に包んでいるのだ。15歳の美少女がそうやって、俺を泣き笑いの表情で見上げていた。

 俺は辺りを見回した。ZooTuber(ズーチューバー)のドッキリかも知れない。いや、ドッキリならまだ助かる見込みはある。この場合もっとも警戒すべきなのは、村民に通報されることだ。40オヤジが少女の両親の不在につけ込んで、手などを握りしめているのだ。恐るべきことだった。そしてその手はすべすべ、温かく、柔らかく、ぷにぷにしている。恐るべきことだった。


「ああロス殿。なんとお優しく、暖かい殿方……責任感強く、意思もお強く……まるで、拙者の兄のような……!」


 そして手を離した。

 安心したのはほんの束の間だった。今度は彼女は胸にすがりついてきた。勢いよく飛び込んできやがったのである。


 俺はキリーの頭越しに、そばに立っていたラリアを見下ろした。ラリアは俺を見ると、大きく瞳を見開いて、口をイーッと横に広げた。たぶん俺の表情を真似しているのだ。


 俺の両手はキリーの両肩付近の空中をさまよっていた。引き剥がすべきだ。こんなところを防刃ベストと警棒、ピストルで武装した司法の犬に通りがかられたら、言い訳が利かない。


「…………レディー、大袈裟だ。急にいったいどうしたというんだろう? 俺はただ仕事で……」

「………………怖かったでござる。ずっと、独りで……怖かったでござる……」


 彼女が俺の胸の中で震えているのに気づいた。


「…………いま少し……いま少しだけ、このままでいさせてください……」


 何とでも応えることはできた。

 レディー、大袈裟なんだ。君には悪いが、さしたる理由なんてないんだ。ただの仕事だと思っていた。そして俺の国では、ただ行って戻ってくるだけのことは仕事とは言わない。だからただ、これに関わる全ての人間にとって納得のいく形で終わらせたいだけだ。いや、こう言った方が自然か。君には温泉でラリアを助けてもらった。まだ返礼をしてなかったが、これがそれだ。


 何とでも言えた。言うべきことを決めた俺はキリーの肩をそっと手で覆い、囁いた。


「俺に任せておけ……君の兄は必ず見つけてみせる。ロス・アラモスに不可能はない……!」


 キリーがぱっと顔を上げた。そして、激しく抱きついてきた。


 俺は孤独で哀れな少女の背中をさすってやる。

 隣でラリアが不思議そうな顔をしていた。


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