第二十四話 熱殺の巨球 ※
「オーケー、ガイズ。俺たちの戦いはこれからだ」
俺がそう言った時だった。
今いる開けた空間の向こう、奥の通路からすさまじい数のゴブリンたちが行進してきた。
「な、何あれ! 30匹はいるよ!」
「誰だろうな。もう残りはそんなにいないと言ったのは」
俺は嫌味を言いつつ抜刀すると、ゴブリンに突進する。
《剣聖のスキルが発動しました》
一瞬でゴブリンの死体の山ができあがる。
通路から広間へなだれ込むゴブリンに対し、冒険者たちも各々魔法で迎撃を開始した。
Bランクの2人はもとより、さすがCランクのベテランだけはありゴンザレスの活躍は目覚ましいものがあった。
燃料タンクを2つ両肩に背負い、ショット杖を二丁構えし撃ちまくる。床や壁に杖の先端を押し付けることで、片手でポンプしているのだ。モヒカンとトゲ付き金属鎧の迫力も相まって、文明が崩壊した世界でもサバイブしそうなタフガイぶりだった。
レイニーも懸命にゴブリンをなぎ倒している。
しかし……。
「まだくるよ! 何匹いるのこれ!」
ゴブリンは洞窟の奥からほぼ無尽蔵に湧き出していた。
積み上がる死体は順次消滅していくが、山の高さが減るわけでもない。底の方が消えたそばから新たな死体が積み上がるせいだ。
––––《ハードボイル》を使うか。
そう思った時だ。
俺の腕が自動的に動き、ゴブリンが撃ち込んできたゴム弾を両断する。
その2つに割れた弾の片割れが、勢い余って俺の下半身の玉にクリーンヒットした。
血の気がさっと引いた感覚があった。
俺は背骨をジョギングをやる時のように立てた。そうすれば心身ともに安定し、苦痛に耐えられる。ような気がする。
気がしただけだった。
俺は村正を取り落とし股間を押さえてうずくまる。完全に丸まった体勢で微動だにもできない!
「ロス!」
誰かが叫んだ。同時に何者かが俺に覆いかぶさってくる。
体重からいってゴブリンだ。それが次々と組みついてきて、重くのしかかった。
「た、大変! Aランク冒険者を倒したアレをやるつもりなんだ!」
俺は丸まった体勢のまま、地面から持ち上げられた。俺と地面の間にもゴブリンが入り込んでくる。
殺到するゴブリンの群れの隙間から、ミラーレの姿が見えた。
《スキルアナライザーのスキルが解放されました》
「ウィンドシールドッ!」
ミラーレが叫ぶと同時に、彼女の体の周囲に埃が舞いはじめた。回転するように彼女を取り巻く。着ている白いローブの裾も激しくはためいていた。
《スキルアナライザー》とやらのおかげでミラーレのスキル情報が、俺の脳内で踊る。そのため彼女が何をやろうとしているのかも理解できた。
『ウィンドシールドは、体の周囲に強風の壁を作ることによって身を守る防御スキルだ! 風がランダムな流れで使用者の周囲を駆け回ることで、身に迫る脅威を吹き飛ばす効果があるんだ! 夏場に使うと涼しいぞ!』
だそうだ。
ミラーレがこちらへ突っ込んできた。
ゴブリンどもが打ち込むゴム弾も、飛びかかるゴブリンも、強風に流され吹き飛んでいく。
そのまま俺を取り囲むゴブリンの群れへ突入してきた。群れの隙間から彼女の風が吹き込むのを感じる。
ミラーレはついでに自分の魔法の杖でゴブリンをぶっ叩きつつ、強風によって俺の周りのゴブリンを吹き飛ばそうというのだ。
ゴブリンが少しずつはがれていく。
「ロスさん、今助けます……!」
ミラーレが手を伸ばしてくる。
ここでアクシデントが起こった。
ミラーレの右方向から、ペステロがゴブリンを剣で斬り払いながら俺たちの方へ突っ込んでくる。
助けようとしてくれているのだろう。だが近づきすぎたペステロが、ミラーレの奔流に巻き込まれた。
「わ、わぁっ⁉︎」
「あ、ちょっとペステロさ……」
《ミラーレがウィンドシールドを解除しました》
ペステロは風に飲まれ、ミラーレの方向へ猛烈な勢いで吸い込まれていた。
ミラーレは慌ててスキルを解除したらしいが、これがまずかった。
勢いが消えないペステロがミラーレに衝突する。
解除しなければペステロはぶつかることなくどこかへ飛んでいっただろう。だがおそらくミラーレはペステロを壁だとか天井だとかにぶつけないために解除したのだ。2人がもつれ込んで転倒する。
「ご、ごめん! ミラーレ、大丈夫⁉︎」
2人が起き上がる。
ミラーレは何か言おうとした。
大丈夫とか、もしくは罵倒とか、とにかく何か言おうと、息を吸い込みかけた。
その瞬間ミラーレの腹部にゴム弾が直撃した。
その場にうずくまり動かなくなる。
「ミラーレ!」
「ミ、ミラーレちゃんっ!」
ペステロが助け起こそうとしているが、ミラーレは苦痛にうずくまっているのではない。
気絶していた。
ペステロの背後からゴブリンが襲いかかり、後頭部を殴打した。
同時に俺の視界が塞がった。新たなゴブリンがのしかかってきたのだ。数はどんどん増えていく。
《ハードボ》
《ザ・マッスルのス》
何かしなければならない。だが吐き気がする。激しい悪寒で手足は震え、意識が飛びそうになっていた。
「こ、このぉ! ミラーレさんを離して!」
「チクショーてめーら!」
《ハード》
ゴブリンが振動しているのに気づいた。
小刻みに震えている。
なるほど、やっと仕組みを理解した。
これは熱殺蜂球というやつだ。
ミツバチが大型のスズメバチと戦う際に用いるとされる行動。
1匹のスズメバチを無数のミツバチが押し包み、球を作る。その密着した状態で体を震わせる。
そうすると摩擦熱によって球内の温度が急上昇し、中心のスズメバチは熱死するという。
ミツバチがスズメバチよりも少しだけ高熱に耐えられる体を持っていることを利用した頭脳プレーではあるが、おそらくこれがそれだ。
ゴブリンが人間より高熱に耐え得るのかどうかは知らない。たぶんそうではないだろう。ロボアニメがこの死のスクラムに倒れるところをレイニーが目撃したと言っていたが、後にはかなりの数のゴブリンの死体があったとも言っていた。
はじめから犠牲者を出す前提の行動なのだ。ゴブリンは山ほどいる。死体が消えるというのも気にくわない。何かがおかしかった。
《ハードボイ》
《ハードボイルが》
《ハ》
「ロス! ロス!」
「レイニーもうダメだ、逃げよう! どんどん来るぞ!」
「いやぁっ!」
《ザ・サバイバーのスキルが発動しま》
俺は目の前にいたゴブリンの鼻を食い千切った。咀嚼して飲み込む。
『体力が回復!』
《ハードボイルが発動しました》
握った両拳から光が発された。周囲のゴブリンの筋肉が硬直し振動を停止する。さらにマイクロウェーブを透過させ球の外側のゴブリンも破壊していく。
ゴブリンは振動ではなく痙攣をはじめた。拘束が緩み球がほぐれる。
ボン、と爆発音が聞こえた。
俺のすぐそば、ゴブリンのボールの内側、俺に接するゴブリンのすぐ向こう側からだった。
唐突に何かの熱い液体が俺の体を濡らし始めた。
かなり大量で、さらにやたらと熱い。
この生臭い匂い、血液。
俺は理解した。
熱膨張っていうやつだ。知っている。
《ハードボイル》のマイクロウェーブ、それが引き起こす分子摩擦によってゴブリンの体液が加熱され、膨張したことによって弾け飛んでいるのだ。
いまやゴブリンたちは電子レンジに入れられた生卵だ。
「きゃあ、なに⁉︎ 何なの⁉︎」
「レイニー離れよう! うわ、あっつあっつ!」
次々とゴブリンの爆ぜる音が洞窟内にこだまする。
どうもゴブリンたちは俺に面しているのとは反対側の、背中ばかりが弾け飛んでいるようだ。まったく何もかも俺に都合のいいスキルだった。
《ザ・マッスルのスキルが発動されました》
両腕に力を込めてゴブリンの山を吹き飛ばし、立ち上がった。
涙目のレイニーと、彼女の腕を掴んでいるゴンザレスが、汗だくのうえにゴブリンの血の雨が降り注ぐなか立っている俺をぽかんと見て固まっている。
俺は努めて落ち着き払って村正を拾うと、残りのゴブリンを片付けた。
奴らの死体が消えゆく中、俺は額の汗をぬぐって言った。
「たまらんな」
「ロス、ハラハラさせるなよ!」
「な、何ともないの⁉︎」
「どうかな。少し体重が減ったかも知れない。ペステロとミラーレはどこだ?」
見回してみると、Bランク冒険者2人の姿がない。
「連れてかれちゃった……」
「ゴブリンが担いで奥へ運んでったぜ」
ペステロが後頭部を殴られていたところまでは見ていたが、その後持ち直すことができなかったということか。あそこで2人が衝突していなければ……。
「では我々も続こう」
俺たちはさらに奥へ進んだ。




