第十三話 襲来! 古代超獣エンシェントドラゴン!
派手な装飾の廊下は行ったこともないヴェルサイユ宮殿を思い起こさせた。
あるいは一流ホテルはだいたいこうなのかも知れない。一流ホテルにも、いや三流モーテルにも泊まったことなどないが。
俺はその廊下を足早に歩いていた。
後ろから足音が追ってくる。どうせパシャールだろう。
「お、おいロス、待てよ! どこへ行くんだ」
並んだパシャールへ、
「どこだろうな。たぶん宿屋だ。あるんだろう? こんな世の中だ、戦闘のあとは宿屋へ行くべきだ」
「陛下に対してあの態度はないだろう。何を怒ってるんだ」
俺は足を止めずに歩き続ける。だが廊下が左右に分かれる突き当たりで立ち止まり、
「ミスタ・パシャール。出口はどっちだろう?」
「おい、このまま帰る気か? エンシェントドラゴンの件は断るのか」
廊下の右と左を交互に見ながら「わからない」と答える。
「どうしたんだロス。様子がおかしいぞ」
「昔からだ。おかしくなかったことなんてない」
「なあ、何か気に障ったって言うなら俺から謝罪する。頼むよ。ドラゴンのこと断るだなんて言わないでくれ。国の命運がかかってることなんだ」
パシャールを振り返った。
屈強な男だった。ノースリーブのマッチョが俺を、まるで捨てられた子犬みたいに見つめている。俺は鼻をさすって言った。
「別に気に障ってなんかいない。ただ人がたくさんいたから緊張しただけだ」
「猫かよ」
パシャールは幾分ホッとしたような表情をした。それを見て、俺自身も肩が力んでいることに気づいた。一度すくめてからため息とともに落とし、脱力する。
「……あの場が落ち着かなかったのは本当のことだ。ドラゴンの件はもっと落ち着いて考える必要がある。どこか、リラックスできる場所へ行きたい」
「ふ、二人きりでか?」
「一人にしてほしい」
「だよな。王宮にあんたのために用意した部屋がある、そこへ案内するよ。着いたらあんたは部屋に入って、俺は外でスクワットでもやってるさ」
パシャールがそう言った時だった。
さっき俺たちが歩いてきた廊下から、大臣が血相を変えて飛んでくる。
「た、大変ですロス殿! エンシェントドラゴンが現れました!」
俺はすぐさま大臣と兵士に連れられ、航空兵団とかいう部隊の宿舎へ向かった。
パシャールはついてこなかった。おそらくどこかでスクワットでもやっているのだろう。俺はその宿舎にいる、大型の猫の体に鳥の頭と翼がついた動物を見せられた。
そいつは広場の大きな台座の上にいた。四角形の、夏祭りのステージよりも大きい、要するにヘリポートのような台の上。
グリフォンだ。
古代の伝説、あるいは資本家が子供からお小遣いを巻き上げるために作ったゲームに登場する、モンスター。
グリフォンは頭を専用の鉄兜で覆っていた。航空兵団とはこのグリフォンを使う部隊なのだろう。
台座は全部で10。それぞれにグリフォンが二頭ずつ引き出されている。
俺がいる台座のグリフォンの脇に、鉄兜を小脇に抱えた、革のつなぎの上に軽鎧を着た女が立っていた。
「ドラゴンハンターのお方ですね? 自分はタイバーン航空兵団グリフォンナイト、レイチェル・コシードであります。これよりエンシェントドラゴンが出現したアルバランの町まで貴殿を運びます。自分の後ろへ乗ってください」
空色の髪を三つ編みにした女だった。俺は空を見上げた。月と星が暗黒の空間に浮かんでいる。視線を戻した。要は青い髪の女だということだ。
レイチェルは早くもグリフォンに乗り込んだので俺も続く。周囲を見ると、他のグリフォンにも軽装の騎士が二人ずつ乗り込んでいた。
「落ちないようしっかり捕まってください!」
「どこへ捕まればいいんだろう? タンデムバーもないが」
「自分の腰へ!」
レイチェルの胴鎧は胸当てのみだった。
彼女の腹へ腕を優しく巻きつける。あまり離れているとバランスが取りにくいだろうから俺は後ろから腰を押し付けた。
「あ、ああ……」
「どうした……レディー……」
「な、なんでもありません……」
俺たちは闇夜へ飛び立った。
凄いスピードだった。
夜の平原が遥か下で、狂ったベルトコンベアのように後方へ滑っていく。
「あ、あのロス殿……あっ」
「なななんんんだだだ」
「後ろで、小刻みに、震えるのっ、やめて、くれませ、あっ」
「たたた高いんだよよよよレレレレディー」
「下見るの、やめるで、ありま、あああっ」
あっという間にアルバランの町に着いた。
月明かりの中に、街壁に覆われた町が見える。海に面したアルバランの街壁は海岸線で途切れ、半円の形になっている。
「ロス殿、あれです! エンシェントドラゴン!」
レイチェルが海を指差した。俺は目をこらす。
アルバランの海岸線の向こう。沖合の遠く。
暗い海が月明かりを反射している。最後までもったいつけて取っておいたら結局ぐしゃぐしゃになってしまった金と銀の折り紙のような海面。
その中に、いた。
まだ遠くてよく見えないが、たしかに黒っぽい大きな何かが波紋を描いて、アルバランへ近づいている。
かなりのサイズだった。海面に比較する物がないので定かではないが、近代的な海軍の空母ぐらいはありそうだった。
アルバランの、おそらく港のある場所から何か光弾が複数飛んでいた。町に軍隊がいて迎撃しているのだろう。
港は赤く輝いていた。
それは光弾だけが原因ではない。
「港の船が燃えている……?」
「町に入る! 高度を下げろ!」
レイチェルが呼びかけ、航空兵団は町の上空で高度を落とした。町の屋根の群れを高速で飛び越え海岸の方へ向かっていく。港が近づいてくる。
港につくと、そこは大惨事だった。
逃げまどう人々、それを誘導する兵士とおぼしき男女、飛び交う怒号、悲鳴。
港の建物の中には崩れたものもある。係留してある大きな帆船の幾つかは燃え上がり、その近くの艀で太った男が泣きわめき、それを引きずろうとする兵士も見えた。
引きずられていく肥満男性はたぶん船のオーナーなのだ。とにかく夜のアルバラン港は、燃える炎の赤とオレンジでライトアップされていた。
俺とレイチェル以外の航空兵団は彼女の指示により、沖へと向かった。俺たちは港の広場に降り立つ。
レイチェルはグリフォンを降りて、海べりに並んで光弾を撃ちまくっている一隊へと走っていくので、俺も続いた。
青いマントに同じ色の三角帽子を被った一隊。20人いる。
彼らは何かそれぞれブツブツと念仏みたいな言葉を唱えていた。念仏を唱えると彼らの手に持っている杖が発光し、先端から光弾がやかましい音を立てて飛んだ。それが沖の方へ放物線を描いて飛んで行く。
「グリフォンナイトリーダー、レイチェル・コシードであります! 状況は⁉︎」
一人だけ帽子に白い羽飾りをつけた男がこちらへやってきた。肌の黒い男だった。
「魔砲部隊長デリットリマールカンサイロ・ジュサメッペロンだ。長すぎると思ったらDJと呼んでくれ。エンシェントドラゴンの襲来に備えて各地の海岸線を張ってたが、なんてこった、俺たちの部隊がクジを引き当てちまったってわけだ。何とか追い払おうと努力はしてるが、魔砲兵の数がまるで俺の預金通帳の残高みたいに不足してるんだ」
そう言ってDJは俺たちの後ろの方を覗き、
「援軍が来てくれたんだな? あんたたちの後ろに何万人もの命知らずな騎兵隊と、王宮騎士団が続いてる、そうなんだろ? 頼むからそう言ってくれ」
「DJ殿、我々だけであります」
「カモーンメーン、冗談はよしてくれよ!」
「シェーディラからの増援は時間がかかります。王宮騎士団も何か対応が遅れているようで」
「どーして⁉︎ まさか小便漏らしてパンツ履き替えてるから遅刻するとでも言うのかよ⁉︎」
DJが大きな身振り手振りでまくしたてながら俺とレイチェルの顔を見る。レイチェルが困ったような顔をしてるので俺は言った。
「その答えはイエスだ」
「カモーンメーン!」
「DJ殿。その代わりにこの方がいるであります! ドラゴンハンターであります!」
「……なに?」
DJが両手を広げたまま俺を見て静止した。魔砲兵たちにも声が聞こえたのか、魔砲撃の手を止めてこちらを振り向いた。
「ドラゴンハンター……あの伝説の?」
俺はそれには答えず辺りを見回して尋ねる。
「この港、リベレイトエンジェルの事業所があったな。どうなった?」
奴隷のラリアを置き去りにした場所だ。
「あの奴隷帰国事業を行なっている団体でありますか? どうしてそんなことを?」
俺はレイチェルを振り返って呟いた。
「どうして?」
どうしてだろう。DJが横から、
「あそこだよブラザー」
と指差した。
振り返る。広場の向こうの小さなバラック。炎上し、倒壊していた。
「なん…………だと……?」
その時だった。
「DJ隊長! ドラゴンがブレスの姿勢に入りましたッ!」
俺たちは沖を見やった。
月光の反射する海で、異形の化け物がせり上がっている。
「蟹」
「蜘蛛であります」
遠く海上に立ち上がり、複数の脚を左右に広げる、巨大な黒いシルエット。
見えるのはそれだけだ。そいつの周囲に青い光が集まる。
DJが叫んだ。
「くるぞ、ブレスだ! 防壁魔法詠唱開始ッ‼︎」
「ロス殿、こっちへ!」
レイチェルが俺の手を引き魔法兵たちの後ろへ走る。
そこへ港の民間人だろう人々も、兵士たちに誘導されている。さっきの肥満男性も兵士に引きずられやってきた。
「レディー、ブレスとは何だろう?」
「展開ぃぃぃッ‼︎」
俺の言葉にDJの命令が被ると同時に、魔砲兵たちの前方に白い光の壁が発生した。
と同時にだ。
雷のような轟音とともに、エンシェントドラゴンが光線を放った。辺りが眩い光に包まれ、俺は思わず目をつぶる。
おそらく光線が魔法の障壁に到達したのだろう、すさまじい音と衝撃があった。
それは3秒ぐらい続いたように思う。4秒かも知れないし、あるいは逆に短かったのかも知れない。
いずれにせよ俺は衝撃が収まったので目を開けた。
20人いた魔砲兵のうち14人がアフロヘアーの黒焦げになって倒れていた。残りの6人も膝をつき、苦しそうに喘いでいる。
俺は町を振り返った。
町の一角が遊園地のウォータースライダーの巨大なハーフパイプのように、半円の通り道でえぐれていた。
魔砲部隊のバリアで逸らされた光線によって破壊されたのだ。
滅びのハーフパイプの直径は少なく見積もっても30メートル。
偶然の重なり合いによって起こる成り行きのことを、ある種の人々は運命と呼ぶ。
だとすればこれが俺の運命なのか?
こんなことができる相手と戦わされることが?
俺は、1日に2度死ぬことになるらしかった。




