じれったい展開を絶対許さない超速ラブコメ
龍崎颯太は高校生。勉強は普通、運動も普通、趣味はゲーム。どこにでもいる平凡な高校生だ。
颯太は学年一番の美少女、小鳥遊楓が好きだ。勉強は学年一位、水泳部のエースで、趣味はピアノ。父親が医者をやっている高嶺の花のお嬢様。
楓はいつもクラスの中心で、女子も男子も彼女をちやほやする。それを鼻にかける事もなく、いつも控え目に笑っているその顔が颯太は好きだった。
最初は可愛いから好きになった。しかし、知れば知るほどそんな事に関係なく好きになった。
捨て猫を拾ってから家の手伝いをして貰った小遣いで餌を買い予防接種をして飼っている、という噂には強い責任感に感心した。
クラスで面白半分に虐められていた晴美ちゃんを庇って殴られ、真正面から「あなたは間違っている」と言い放ったのを見た時は男より男らしいと震えた。
偶然その時保健委員だったため、鼻から血を出す楓を保健室に送る時、痕になったらどうしようと弱音を吐く儚げな横顔にときめいた。
龍崎颯太は、小鳥遊楓が好きだ。
でも平凡な自分と彼女はとても釣り合わないと諦めきっていた。
楓は人気者で、その周りには颯太よりずっと頭が良く、運動ができて、話が上手く、カッコイイ奴がいくらでもいた。
何の取り柄も無い自分なんかが告白しても付き合ったりはできない。できる訳がない。
所詮、颯太は有象無象のクラスメイトAなのだ。
朝、「おはよう」と声をかけ、「おはよう」と返して貰えるだけで幸せだった。
夕方、「また明日」と声をかけ、「また明日」と返して貰えるだけで幸せだった。
同じクラスで一年を過ごせる幸運に感謝していた。
それだけで良かった。もっと深い仲になりたいという気持ちはあるけれど、なれる訳がないから。
その日も颯太は小さな幸せを噛み締めて帰宅した。自分の部屋に入り、鞄を机に置き、制服を脱いでハンガーにかける。
そしてポケットからスマホを出してベッドに座ろうとしたところで、ベッドの上に妖精がいる事に気付いた。
背中からちょこんと白い翼を生やした手のひらサイズの小さな女の子で、腕組みして颯太を睨み上げていた。長い金髪と澄んだ碧眼はまるで天使のようだ。
「このチキン野郎! じれってぇんだよ!! 恋愛弱者かオメーは!!!」
「!!!!????」
日常に唐突に現れた意味不明な存在が、その可憐な容姿と可愛らしい声で荒々しく言い放ったのを聞いて、颯太の脳は完全に停止した。
何も言えずに呆然と口をぱくぱくと動かす颯太に、妖精は大きく舌打ちした。
「間抜け面しやがって! でもそれも今日までだ! 私は過激派キューピッドのアリア! お前を楓ちゃんの恋人にしてやる!」
「えっ?!」
「何驚いてんだオメー! 好きなんだろ、楓ちゃんの事!」
「ええっ!? いや、あの、僕のはそういうんじゃなくて」
颯太は隠していた恋心を言い当てられ、赤面してうろたえた。モジモジと指をいじり、目を逸らして言い訳する。
目の前の妖精(キューピッド?)と名乗る超常存在への動揺は頭が沸騰しそうな気恥ずかしさに押し流された。
「楓ちゃんはすごく可愛いし、僕なんかが恋人なんて、そんな、」
「うるせーッ!!!!!」
「ぐあーっ!?」
飛び上がった過激派キューピッド――――アリアに頬を強烈にビンタされ、颯太は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。天井からパラパラと埃が落ちる。痛みは全く無かったが、全身がバラバラになりそうな衝撃で打ち抜かれたようだった。
アリアは尻もちをついた颯太の胸倉を小さな手で掴み、乱暴に揺さ振り血走った目で怒鳴った。
「モジモジしてんじゃねぇえええ! お前があの子を一番幸せにできるんだよ! 他の男どもは楓ちゃんの事をカワイイとかエロエロしたいとかそんな事しか考えてねー! あの子の幸せを真剣に願ってるのなんてお前ぐらいだよ! お前も楓ちゃんと恋人になるのが一番幸せになれるんだ! 分かったか!」
「え、あ、は、」
「返事ィ!」
「はい!」
何を肯定したのかも分からないまま、颯太は勢いに流されて頷いた。
「立て!」
「はい!」
颯太はバネ仕掛けの人形のように立ち上がった。
アリアは意外にも繊細で優しい手つきで乱れた颯太の服を整えながら、断固として言った。
「颯太!」
「はい!」
「明日告白するぞ! 明日、お前は楓ちゃんと恋人同士だ!」
「え!? あ、明日!? 待って待ってそんな急に言わ」
「黙れッ! いいか!? 明日告白すれば、明日から恋人だ! 明後日告白すれば、明後日から恋人だ! 一日遅れれば一日損だ! 単純な計算だろうが! 分かるな!?」
「え? いやそれは」
「分かるだろ!?」
「は、はい!」
「よし!」
アリアは満足気に頷いた。
颯太は小さな過激派キューピッドに終始圧倒されっぱなしだった。
停滞していた颯太の世界が一気に開けていくようだった。開き過ぎるほどに。
「じゃ、明日の告白を成功させるために準備するぞ! まずは印象からだ! まずはオメーもっと背筋伸ばせ! 背筋丸めてコソコソしてるつもりなんだろーが、猫背は目立つぞ! カッコ悪いしな! 顎も引け! で、相手の目を見て話せ! オメーさっきから一度も私の目見てねぇだろ! 相手の目を見ずにモジモジして可愛いのは女の子だけだ! 男がやってもウゼえんだよ!」
「で、でもちょっと恥ずかし」
「 は? 」
「すみません! 背筋伸ばします! 顎引きます! 目を見ます!」
シャドーボクシングする小さな過激派キューピッドを見て、颯太は慌てて姿勢を正した。
アリアの指南は夜遅くまで続いた。髪型を変え、声の出し方を直し、身だしなみを整えた。
一夜漬けの付け焼刃だったが、翌朝登校前に自分の姿を確かめた颯太は、鏡に映った自分が自分ではないように見えた。まるで別人だ。目にかかるほど長かった前髪は切られて視界が明るくなり、アリアに教えられた姿勢でアリアに教えられた表情を作っているだけで自信に溢れた好青年に見える。自分の姿を見ているとはとても思えない。
「見違えたな! 告白の勝算は十分だ!」
肩に乗ってうんうんと頷いているアリアに颯太は控え目に聞いた。
「でもこれ、楓ちゃんを騙してるみたいにならないかな。こんなに取り繕った姿を見せて恋人になっても、嘘ついたみたいで……」
「だからそのネガティブなのをやめろっつってんだろ! 大丈夫だお前は見た目と中身がこれでやっと釣り合ったぐらいだ! いやまだ見た目が中身に追いついてないぐらいだ!」
「言いす」
「言い過ぎじゃねー! 颯太ァ! オメーは良い奴だよ! キューピッドの私が保証する! 私は知ってるぞ! お前は楓ちゃんが襲われたら命にかえても守ろうと思ってるし、実際マジでそうするからな! なかなかできる事じゃねー! あと私がこんなにめちゃくちゃ言ってても一度も私を嫌いになってねぇだろ! 善人なんだよオメーは! 自信を持てッッッ!」
「……ありがとう、アリア」
颯太は力強く断言するアリアに心から礼を言った。
例え告白に失敗しても、これから自信を持って生きていけそうだった。
アリアは学ランのポケットにもぞもぞ潜り込みながら言った。
「じゃあ、フィナーレだ! 学校に着いたら朝のホームルームの前に告白しろ!」
「ええっ!? 朝!? 早っ! いや、こういうのって普通放課後とか」
「知るか! 登校する! 教室に入る! 楓ちゃんを見つける! 近づく! 告白する! 恋人になる! 簡単だろ!?」
そういう事になった。
それから三十分後、ガチガチに緊張した颯太が教室に入ると、小鳥遊楓は窓際の席で友達数人と談笑していた。窓から差し込む光に艶やかな黒髪を光らせる楓はどんなアイドルより美しく尊い。颯太は今日も楓と同じ世界で生きていられる事を神とアリアに感謝した。
「私に祈ってどうすんださっさと行け」
「あ、はい」
「姿勢ッ」
「はい」
ポケットから小声で怒られ、颯太は姿勢を正して楓の元へ向かった。
近づくと、楓はたった一日で見違えてた颯太に気付き、少し驚きながら軽く微笑んだ。
「おはよう」
「おはよう」
颯太も挨拶を返した。耳から幸せが体に入ってきた。
日課終了である。後は帰る時の「また明日」だ。
習慣で踵を返そうとした颯太だったが、胸ポケットから強烈な殺気を感じて足が止まり、心臓も止まりかけた。
一夜にして染みついた上下関係が颯太に口を開かせる――――が、思い直し、一度口を閉じた。
アリアに言われたから告白するのではない。
自分の意志で告白するのだ。
そうしなければならない。
なぜなら、龍崎颯太は、小鳥遊楓が好きなのだ。
胸ポケットの殺気は消え去り、「がんばれ、颯太」という嬉しそうな小さな声が聞こえた。
颯太は再び口を開き、言った。
「小鳥遊楓さん、好きです。付き合って下さい」
楓は苦笑して何かを言いかけたが、颯太が真っすぐ真剣な目で自分を見ている事に気付き、やめた。
楓はじっと颯太を見つめた。颯太もじっと楓を見つめた。
周りのクラスメイトは薄ら笑いを浮かべて颯太を見ていた。誰もが失敗すると思っていた。
だから、楓の言葉に全員が度肝を抜かれた。
「ええ、喜んで」
告白成功ッ!
めでたしめでたし!!!