07 眠りの世界のニート
ちょっと今回長くなりました。
目の前にはよく見慣れた空間があった。
少し大きめのテレビと、その下のローボードに詰められたゲーム機を最奥にして、ソファ、やテーブルが配置された部屋。
この空間は翔の家――伊藤家の居間ような空間だ。
ようなと付けたのはこの空間に余分なものが2つあったからだ。
壁に立てかけられた剣とテレビゲームをやる紫色のスウェットを着た金髪の女。
翔の家族がこんな殺伐としたものを置いていた覚えはないし、外国人を家にホームステイさせていた覚えはない。
というよりもそもそもなんで自分がここにいるのか翔にはわからなかった。
たしかペルズナーが部屋から出っていた後に、ベッドの上で彼が言ったことに考えを巡らせていたはずだ。
まかり間違ってもこんな場所に来るようなことはない。
「ああ、また死んだあ! なによこれ! 足場が悪い上に、狙撃兵配置するとか絶対落下死するに決まってんじゃない! こんなのクソゲよ!」
翔が困惑しているとスウェット女はコントローラーを叩きつけて、テレビの画面をガンガン揺らし始めた。
人の家のもんに何やってくれてんだ……と思いつつ、女を見つめていると
「ああ、もういいわ。なんか疲れたし、もう寝よ」
と言って立ち上がり、こちらに振り返った。
女が振り向いた瞬間翔は驚いた。
その顔は良く見覚えのある顔。
今日の朝、鏡で見た顔――マーチ姫の顔だった。
「あ! あたしの体の操縦お疲れ。帰って来たんなら言えばいいのに」
マーチ姫は虚を突かれたような顔をすると、少しニヤついて、翔の方に歩み寄って来た。
このマーチ姫は翔の動かしている方とは違い、表情筋が動かせるようだ。
初対面なのにひどく馴れ馴れしい態度だが、不思議と違和感はない。
「申し訳ないけど。あんたとは初対面だと思うんだが……」
違和感はないが、記憶がないのに慣れ親しんだ体で接するのは罪悪感に駆られそうなので断りを入れる。
マーチ姫はそういうと少し痛そうな顔をした。
「ああ、なるほどね。なんか日が経つごとに陰気臭さが減っていくと思ったらそういうこと……」
それから一人で納得したようにそうつぶやくと、こちらを気遣うように笑顔を浮かべた。
「まあそれでもあたしたちの3年は消えないし……。立ってても何だし、ソファに座ってよ」
「ソファに座ってよ」といわれても俺の家なんだが……。
そう思っているとマーチ姫は翔の腕を引いてきた。
彼女に引かれた自分の腕を見て、翔は嫌悪に襲われた。
その腕は元の自分の男にしては細めの腕ではなく、厚い筋肉で包まれた傷だらけの太い腕だった。
傷は多種多様で切り傷や銃創のようなものから、火傷のようなものまである。
この腕の見た目がおどろおどろしいのもそうだが、不思議な嫌悪感があった。
どうしてここまでこの腕のこと憎たらしいと思うのかわからない。
「すんごい怖い顔してるね。頭の中空っぽになってもそれだけは変わらないんだ」
ソファまでついてこちらを振り返るとマーチ姫はそう言った。
言葉を返すような気分ではなかったので、黙ってそのままソファに座る。
「あたしがゆったりしてたせいで時間もないけど、何か聞きたいことはある?」
座って向かい合ったマーチ姫は翔にそう聞いてくる。
「答えられるのか?」
「うん、もちろん」
翔がそう尋ねるとマーチ姫は自信満々にそう答えた。
「じゃあ、この世界になんで俺はいるのか、答えられるか?」
「うん。順繰りに話すね。あんたの世界の地球は一回、価値喪失の危機に陥って、その時にそれを何とかできる英雄がいたけど、その人は地球を見捨てて、それで価値喪失になったから」
――価値喪失? そんな状態に陥ったことなど俺は知らない。俺があの当時で目新しいことなど魔法が技術として正式導入されたくらいだ。
翔は説明はされたが、幾分か省略されているようでよくわからなかった。
「価値喪失てのは具体的に何が?」
「……ごめん。もう時間みたい。また寝るときに会えると思うからその時答えるね」
翔の質問にマーチ姫がそう断りを入れると視界が白くぼやけていく。