36 予言実行
屋根を渡り、ギルド本部を目指す。
ギルドのものの反応から追っ手でもあるのではないかと翔は思っていたが、意外にも誰も追いかけてこなかった。
「嫌に静かだな」
翔がそうつぶやくと、運河の方で水が大量に落ちる音が聞こえてきた。
見ると、水が大蛇のように鎌口をもたげてこちらを向いていた。
「おい、なんだあれ?」
思わず翔の口から疑問が漏れる。
「ミラーチの魔法だろう。これであ奴がこちらに害意を持っていないという淡い期待が粉砕されたな……」
パッパはぼそりとつぶやくと街道の石畳を隆起させ、水の大蛇にぶつける。
大蛇は石の柱に串刺しにされているというのに平然としており、体内にある石の柱をなんてことはないというようにへし折った。
「ふざけているな。水魔法に有利のはずの土魔法で打ち破れんとは……。この町自体にミラーチの魔法を増幅する仕掛けが存在すると考えた方がいいか」
パッパがそうつぶやくと同時に、別方向から水の大蛇が出現し、彼女の方に飛んでいく。
「陛下!」
「……!」
パッパは抵抗して、石の柱をいくつも展開して、大蛇にぶつける。
が、応える様子もなく、マークを屋根の上に放ると大蛇の顎の中にパッパは吸い込まれた。
彼女は大蛇の腹の中でも健在だったが、口から少しずつ泡が漏れていく。
口から洩れる空気がパッパの命の刻限を現していた。
ペルズナーが屋根を踏みしめ、パッパの元に踏み出そうとすると緩い声が聞こえた。
「目的は完了しました~。こちらには何もする気はありません。皆さん、抵抗はやめてください」
翔はペルズナーの腕から降り、その声の主――ミラーチに向けて刃を向ける。
「ここまでしておいて、何もする気がないなんてよくもまあほざけたな」
秘書と共に宙に浮かんでいるミラーチは臆することも無く、翔たちを見下ろした。
翔たちに向ける眼差しに光はなく、何も感情を感じさせない。
その時点でやっと、ミラーチがどこかおかしいと気付いた。
「仕方ないんですよ。『レリック』の記述通りに物事をすすめるためには陛下とディセントには滅んでもらわねばならないのですから。どうしてもそうするにはあなた方に危険な目に会ってもらうしかなかったんです」
ミラーチはそう弁明する。
ディセントを滅するという言葉が翔の耳の中で残った。
それと同時にギルドにあったビラのことを思い出す。
ミラーチの言葉からすると、あれはおそらく、ディセントに侵攻するための人員を募集していたのだろう。
「くだらん!」
翔がミラーチの算段について思いを巡らしていると、隣のペルズナーがミラーチをねめつけながらそう叫んだ。
「なぜそんな下らないことをするのです、ミラーチ様!? 神の残した遺物の記述を守ったことで何も起きもしないというのに」
ミラーチはペルズナーをまるで劣等生を見つめる教師のような瞳で見つめる。
その目はひどく冷めついている。
「くだらないことではありませんよ、ペルズナー。『レリック』の記述を守ることで、人が世界を運営することをやめさせられるんですから。世界は欲望を持つ人より、『レリック』に運営された方がいいのです。2度も下賎な人間の罠に嵌められたあなたならよくこのことがわかるでしょう」
「あなたは昔からズレた人間だと思っていましたが、よもやそこまで行くとは」
ペルズナーはそう言い置くと、ミラーチと同じ様な冷めた瞳を彼女に向けた。
平和的解決はミラーチの狂気とペルズナーの怒りによって、とてもではないが見込めない。
「師匠をそう悪く言わないでくれよ。普段から頭のネジが二、三本飛んでるような人だが。別に狂ってるわけじゃない。ただあの水の中の女の子とあんたみたいな人をこれ以上生み出したくないってだけだけだ」
ミラーチにトミーと呼ばれていた青年が、ペルズナーを眺めるようにそういう。
だがペルズナーには逆効果のようで、眉間の皺が深まった。
「もはや、貴様らとは問答など不要!」
そう言うと、ミラーチに向けて駆けだしていく。
「さすがに、それじゃあ説得は無理だろ。助けたい人間をなんで殺すことになるんだよ」
翔もミラーチたちに不平を言いながらそれに続く。
「よくわからないけど。エマさんを殺されるのはごめんだ」
マークも翔たちの後ろからついて来る。
先ずペルズナーが跳躍して斬りこむと、秘書とともにミラーチは切られるすんでで姿を消した。
「トミー君、少し遅いですね。風魔法の操作の精度をもう少し上げてください」
ミラーチはトミーに文句を言いながら、少し遠くに離れて出現する。
「話がお聞き頂けなくて、残念です。では開戦と行きましょうか……」
ミラーチはそう宣うと体を淡く青色に発光させ始めた。
それにこたえるように、水の大蛇が震えだす。
「あれはやばい」
本能で何かを察したのか、マークがミラーチに向けて大きく跳躍する.
「気づいても手おくれですよ」
ミラーチがそういうのと同時に、水の大蛇が爆ぜた。
水滴の1つがマークの肩を傷つけたようで、彼の肩から血がにじむ。
これがミラーチの攻撃かと思うと、周りを水槍で囲まれていることに翔は気づいた。
剣をもつ手に力がこもる。




