01 攫われた
ピロロン、ピロリーン!
「おお、これだよこれ!」
伊藤翔は何処か間の抜けた電子音を聞くと感嘆の声を上げる。
その声にはまるで、旧来の親友に会った時のような温かみがあった。
「ニューパチオンバーサーカーズといったら、この音だよ」
翔はテレビ画面にがっつきながら、再度感嘆の声を上げる。
彼の反応は過剰なような気がしないでもないが、しょうがない。
彼は十年前にこのゲームを未クリアで取り上げられてしまってから、ずっとクリアする日を渇望してきたのだから。
それが今この時訪れようとしているのだ。このテンションの上がりようも無理もない。
「安藤の野郎、絶対にお前だけは許さん……」
翔は音を懐かしむと共に当時の監督の名前を思い出し、その名前を恨めしそうにつぶやく。
安藤こと安藤周作。
ニューパチオンバーサーカーズを制作に携わり、回収にまで追いこんだ男の名だ。
ニューパチオンバーサーカーズ自体、主人公がシャブを使ってパワーアップするもので世で物議を醸していたというのに、安藤周作はその当時に覚せい剤所持の疑いで捕まったのだ。
そのおかげでバッシングは最悪なものになり、生産中止に留まらず、自主回収をする事態にまでなった。
翔の頭には今でも、テレビに映るへらへらした優男の顔と母親に取り上げられた時の記憶が鮮明に思い出される。
翔がオ〇ムを隠すナウ〇カ並みの健気さで母親に懇願したというのに、無慈悲にその手から取り上げられた記憶を。
「ク、安藤、ボンバーヘッドババア、お前らだけは絶対に許さ――」
翔はそこまで呟くと、違和感に襲われた。
毛むくじゃらのカーペットが敷かれて、心地よい弾力を返してくるはずの地面が異様に硬いのだ。
見るとカーペットは石畳に変わっていた。
「なんだこれ……。うん!?」
石畳に視線を向けていると紫色のドレスのスカートのようなものが眼に映る。
そのドレスから上に視線を上げると、翔の視界には自分の胴体――身に覚えのない豊満な胸が映っていた。
「な……んだ……と!」
翔の脳内は戦慄に染まった。
「俺はいつの間にニューハーフに……」
ニューパチオンバーサーカーズを起動させてから、ここに至るまで――性転換に至るまでの記憶がすっぽりない。
一体どれほど恐ろしい目に会えば、記憶を失い、性転換に至るまでになるのか翔には想像できなかった。
ただこの世のものとは思えないほど恐ろしいことだということは理解できる。
「ダハハハ!! 大魔王パッパ様が迎えに来たぞ! 吾輩のママになるのだ、マーチ姫!」
翔が自分が受けただろうおぞましいことを想像して、部屋の隅でガタガタ震えていると元気そうな少女の声が聞えた。
振り向くと、窓枠に足を掛けた可愛らしい女の子が居た。
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