第九十九話 変態vs変態
わたしは、盤の前のイスに腰掛ける。
対局相手の西内さんも少しだけ遅れて席についた。
この人とは初対戦となる。ちょっとだけ緊張する
「よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ああ、よかった。礼儀正しいひとだ。強豪のひとってたまに、変な人がいるから、初対面のひとってとても緊張してしまうのだ。このひとなら、あんし……
「やっと会えましたね」
西内さんは、やばい笑顔でわたしに笑いかけた。
あっ、察し。
「えっ、えっと……」
わたしは戸惑っていると彼女はいきなり私の手を握る。怖い怖い怖い怖い。
「愛しい、愛しい、米山さん♡」
きゃああああああああああああああああああああああああああああああ。
わたしは無言の悲鳴をあげた。やばい、やばい。このひと、わたしがあった中で一番やばいひとだ。頭の中の制御装置が絶対に故障中。
「将棋、はじめましょうか?」
わたしは必死で彼女の関心を将棋に誘導した。
「ええ、お願いします」
よかった。なんとか関心を逸らせた。
※
わたしたちの将棋は、振り飛車vs居飛車の形となった。わたしが、先手で四間飛車。西内さんが後手で居飛車だった。桂太くんと研究しつくした形だ。
わたしはノーマルな四間飛車を採用し、陣形をドンドン厚くしていく。美濃囲いの最終進化形「銀冠」が完成した。これは、守備力が高いだけでなく、縦にも厚くなっているので攻撃力まで追加している。攻守に隙が無い最高クラスの囲いだ。
対して、西内さんは、ノーマル四間飛車最強の天敵「居飛車穴熊」を採用した。トッププロ間では、ノーマル四間飛車vs居飛車穴熊で、穴熊側が勝率8割以上だったというデータすらある。
この囲いはひたすらにかたい。固く囲った後に、ひたすら攻める将棋となるのが特徴だ。今回の将棋は、攻めと受けがはっきりしたものとなるだろう。わたしの得意分野にもちこんだ形になる。ひたすら敵の攻撃を受けた後に、一気にカウンターをしかける将棋になる。この穴熊戦は、四間飛車党のわたしにとっては、天敵と言うこともあってひたすら研究した。特に、研究パートナーの桂太くんは、この戦法の使い手だった。だから、わたしのほうが経験値が高いと確信している……
「ねえ、米山さん? 将棋って、恋愛に似ているって思わない?」
彼女は目を潤ませて、変なことを言い始めた。おっ、おう。
「ずっと対戦相手のことを考えて、相手の出方をドキドキしながら待って……」
どこぞの地球代表みたいなことを言い始めた。新手の盤外戦術かもしれない。
「だから、見て欲しいの…… わたしのすべてを……」
そう言って、彼女は歩を動かした……。
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人物紹介
西内綾乃……
高校三年生。アマチュア三段。
攻め将棋を好むオールラウンダー。自称”恋愛流”。
苛烈な攻撃を好む。
用語解説
銀冠……
美濃囲いの最終進化形。
固い穴熊に対して、広く厚い銀冠という主張を持つ戦法。居飛車・振り飛車問わず使える。プロでも人気のある囲い。
さらに、この形から穴熊に潜る「銀冠穴熊」という発展形がコンピュータにより見直されて、ブームになっている。「銀冠穴熊」は固く広く厚い。




