第九十七話 超速
超速。
正式名称は「超速3七銀戦法」。右の銀を、早繰り銀の要領で、盤の中央に動かしていく戦法だ。敵の中飛車を上から押しこんで黙らせる。相手の長所である中央の制圧力を削いでしまう戦法だ。そして、相手を手詰まりにさせた後、自分は有利な陣形を作ってポイントを稼いだり、速攻をしかけたりと主導権を握ることができる。プロの予備軍「奨励会員」が創案した比較的新しい戦法だが、ゴキゲン中飛車対策の決定版のような戦法となっている。
この戦法が開発されて以来、プロ間では10年間以上大流行した「ゴキゲン中飛車」の勢いが激減したともいわれている。わたしたち、居飛車党の救世主となった戦法だ。
さらに、わたしは勝利を確定させるべく、王を穴熊に囲った。
最強の囲い「居飛車穴熊」が完成する。有段者の穴熊を初心者が押しつぶすのは不可能に近いと言われている。常識的に考えて、彼女はわたしの穴熊を破ることはできない。さらに、「ゴキゲン中飛車」の天敵「超速」を採用した。この完璧な布陣でわたしは初心者を蹂躙する。
穴熊に囲った後、わたしの攻撃陣は一斉に動き始めた……。
※
「部長、まずいですよ。超速と穴熊って、いくら葵ちゃんでも荷が重すぎますよ」
文人は狼狽してそう言う。たしかに、葵ちゃんの陣地は一方的に攻められている。
固い・攻めている・切れない。将棋の理想的な攻撃の仕方だ。相手は、葵ちゃんを初心者だと知っても一切の緩みがなかった。
こんな状態では、初心者は勝てない。そう、普通の初心者では……
※
おかしい。
わたしは、悩む。この初心者さんは、初心者だけど、ありがちなポカはおこさなかった。むしろ、不利になっても普通に食いついてくる。わたしの攻撃は一方的だったはずなのに。
わたしの穴熊は、いつの間にか崩壊し、王は囲いの外にいた。
私の攻撃陣は、敵の守備陣を崩壊させているんだけど、相手の王は金銀のすき間を縫って絶妙な逃げ方をしていた。嫌な予感がする。なぜだか、わたしはこの初心者さんが怖くなる。このひと、普通、じゃない。
わたしは、奏多さんと対局した時すら感じなかった恐怖を感じる。まったく、異質のまるで宇宙人でもみているかのような感覚。でも、前にいるのは小柄なかわいい同級生の女の子。まだ、詰んでるわけでもないのにどうしてこんな気分になるのだろう。
彼女は2分ほど考えている。もうすぐ秒読みだ。
彼女はしずかにうなづいて、わたしの王の前に金を置いた。
わたしは、考え込む。




