第九十五話 みじめ
わたしの猛攻に、古泉さんは的確に対処していく。わたしは、角を成って馬を作ったことをストロングポイントにひたすら、彼女の陣形にアタックする。
「懐かしいわね。知多さん」
わたしの旧姓を呼ばれる。どうして、彼女は一度だけしか戦っていないわたしのことをおぼえていて、ここまで執着するのだろうか。
「あの時も、こういう将棋だったわね」
「そう、ですね」
そう、あの時、わたしが将棋部の助っ人で大会に出たとき、決勝で彼女と激突した。
わたしは完全にぽっとでの新人。彼女は中学入学からトーナメント上位に名を連ねた強豪。たぶん、中学最後の大会だった。もっていたもの、背負っていたものが違った。あの時も、決勝で「早石田」の戦いとなって、51手で勝負がついてしまった。
「あの時、わたしは屈辱を味わった。ぽっとでのあなたが、あんな奇襲戦法で、わたしを……、わたしを……」
「……」
「でも、それもすべて、わたしが弱いせい。だから、この2年間、わたしは自分なりに努力を重ねてきた。そして、偶然、また、あなたとこうして巡り会えた。とても嬉しいわ」
「それは光栄です」
そう言ってわたしは馬を自陣に引き付ける。馬の守りは金銀3枚に匹敵するといわれている。やや手詰まり状態のわたしは防御を固めることにした。
その手を見た瞬間、古泉さんは笑った。
※
「ありません」
やってしまった。どこからどうみても、完敗だった。わたしの攻撃は完全に防がれて、じわじわとポイントを稼がれる。わたしは、ずるずると土俵の下へと落とされた。団体戦でやってはいけない、2連敗。後悔しか残らない。
「やっぱり、知多さんは変わってしまった」
「え?」
感想戦中に、古泉さんはぽつりと言った。
「以前のあなたは、自陣に馬をひきつけるなんて消極的なことをしなかった。あの大会の後、わたしはがんばってあなたの棋譜を集められるだけ集めて、ひたすら並べた。全部がすばらしいほどの攻めをつなげる攻め将棋だった」
「……」
「いまのあなたには、なにか迷いがあるんじゃない。それが、手にでてしまっている。その状態では上には通用しないわ」
「……」
わたしが苦い顔をすると古泉さんは焦って弁解した。
「ごめんさい。煽ってるとかいうわけじゃないの。なんだか、あなたの将棋はとても辛そうで。その、なんというか、心配に……」
敵に心配されてしまうほど、わたしはみじめで無力だった。
わたしは無言の涙を流した。
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人物紹介
古泉……ツンデレ




