第九十三話 中央突破
北さんの王がどんどん前進を続けていく。おれはそれを防ぐために、前方に金銀を待機させた。それは、関所のように、王の前方を封鎖する。これで、もう前には進めない。仕留められる。もうすぐ、勝利だ。
しかし、それは錯覚だった。
彼女は、涙目と笑みが同居する顔で思考を確認する。
北さんは、おれの着手を確認すると、瞬時に飛車を切った。王の退路を確保するために……
それは、悲壮な覚悟だが、的確な判断でもあった。おれの作った関所は完全に崩壊していたのだから。
針の穴を通すような、王の逃走劇だった。それは、泥臭く、武骨な将棋。しかし、勝利への執念を示した戦い方だった。おれは、自分の甘さを痛感する。ほぼ、勝てた状況を、入玉でひっくりかえされてしまった。もう少し、早めに関所を作っていれば……
そんな後悔しか浮かんでこない。なんで、おれはこんなにつめが甘いんだ。
敵の王がおれの陣地に入玉した時、護衛の駒は歩と角しか残っていなかった。死屍累々の修羅場を潜り抜けて彼女は勝利を手にしたのだった。と金が量産されていく。
「負けました」
おれは、頭を下げてそう宣言する。執念の負け。これが団体戦の先鋒の覚悟か。力なく感想戦を続ける。
※
「みんなごめん」
文人がそう言って謝る。
「どんまい、どんまい。ナイスファイトだったわよ。文人君が、横歩取りをあそこまで指せるなんて知らなかったわ。とてもいい将棋だった」
「でも、将棋は勝利が……」
おれたちはみんなが知っている将棋のアプリのかけ声を真似て雰囲気を柔らかくする。文人も少しだけ笑顔がでた。
団体戦は、先鋒の勝敗が大きく流れを作る。だから、そのポジションはとても重要だ。どの部でも、実力者を配置する傾向。だが、そればかりではないのだ。あまり引きずりすぎないようにしていかなくてはいけない。
「じゃあ、次はわたしですね。がんばります」
そう言ってかな恵は席に向かって歩いていく。それはいつものように凛々しくて、自信に満ちていた。あの夜の少しはかなげな雰囲気のかな恵ではなくなっていた。
「かな恵?」
おれは思わず呼び止める。
「どうしたんですか? 兄さん?」
「がんばれよ」
おれは、普通の言葉を口にする。
「はい、がんばります」
かな恵はそう言って笑った。
※
「久しぶりね。知多さん」
やっぱり、おぼえていたのね。古泉さん。
「はい、お久しぶりです」
「会うのは、2年ぶりかな?」
「はい、あの時の大会以来です」
「じゃあ、あの時の屈辱を晴らさせてもらうわ」
そう言って、私たちは冷たい笑顔で笑いあった。




