第八十九話 練習試合
「昨日はとんでもないことになった」
おれは、「ふひいいい」と変な声をあげた。まあ、それもそのはずだ。昨日は夜中まで酔っぱらいの相手をしていたんだから。
「だから、ごめんって」
「本当に申し訳ございません」
部長とかな恵はちょっとだけしゅんとしている。まあ、今回の事件の首謀者だから当たり前なんだけど。成人してもこのふたりと酒を飲んでいけない。おれは、固く決心する。これをやぶれば、おれに悪魔のような不幸が降り注ぐだろう。
朝から理不尽な制裁をくわえて、おれを不審者扱いしていたが、騒動で目がさめた葵ちゃんが状況を説明してくれて、おれの冤罪が証明された。
さすがに悪いと思ったのか、ふたりとも朝から謝りっぱなしだ。いつもと違ってちょっと気分がいい。今日くらいは王様のように振舞おう。そう考える小心者のおれだった。
ホテルの美味しい朝食を食べて、おれたちは決戦の場所へと向かう。またの名前を「女子高」というヘブン。
※
「ついに、来ましたね。沢藤女子高!」
「女子高きたああああああああ」
おれたち男子ふたりは、テンションマックスだった。そんな痛いおれたちを女性陣は冷たい目で見つめている。だって、しかたないだろう。女子高は男子のあこがれなんだから…… それにおれには切り札があった。
「うっ、そんな冷たい目線をされると、今朝、痛めた古傷が」
かなり卑怯な手法だとは自覚していた。だが、手段を選べる余裕がない。
「わー女子高さいこうー」
「いい匂いがしそうですね。兄さん……」
ふたりとも片言だったが、なんとか冷たい目線から逃れることができた。
葵ちゃんは、苦笑いしながらそれを見つめていた。
「ようこそ、おいでくださいました」
そんなコントをしていたら、向こうの将棋部の方々が出迎えてくれた。女子高ということで、みんな女の人の珍しい将棋部。さらに、全国大会常連の超強豪だ。かわいくて強い。つまり、アイドル的な人気をもっている。
「お久しぶりですね。香さん」
奥からでてきたのが、沢藤女子高将棋部の部長であり、エース。和風な美人で、着物が似合いそうな女性だ。彼女は《右玉の女王》という異名をもつ奏多エリ。全国大会の団体戦で、昨年度無敗を誇った怪物。その圧倒的なバランス力でライバルを粉砕してきている。個人戦では、ベスト16で惜しくも部長に敗れている。
「はい、今日はよろしくお願いします、エリさん」
いつもの部長ではない外部用の笑顔だ。猫を完全に被っている。だから、大人気なんだけどさ……




