第八十六話 合宿③
「ちょっと、のぼせ気味になっちゃわね」
「誰のせいですか?」
いつものように、部長とかな恵は言い争っていた。あいかわらず、仲が良いな。合宿初日の夜は、明日の練習試合に備えて最後の調整となっている。
このホテルの屋上には、将棋・囲碁室があるとかで、無料で盤の貸し出しをしてくれるようだ。だから、そこを借りて、みんなで練習将棋をすることになっていた。
ワクワクしながら部屋の扉を開けると、そこには惨劇が広がっていた。
「らめえええええええええええええ」
「もうむりいいい」
「もう、殺してくれ」
アウトレイジ臭がするおじさんたちと、高柳先生がそこにはいた。
みんなで将棋をしていたようだが……
異様な風景だった。
ごつい強面のおじさんたちは、盤の前に突っ伏していた。高柳先生だけが、涼しい顔で扇子をパタパタさせている。
「これはいったい……」
「ああ、きみたち来たの? 夕食の時に意気投合したおじさんたちとただ酒を飲むため、げふん、遊んでいたんだよ」
なんか教育者がいっちゃいけない単語を言っていたような気がする。そういえば、大学時代は山井九段とも指していたんだよな、この先生。いったいどんだけ強いんだろうか。
「ありえない」
メガネをかけた男は震えていた。
「キミたちの先生なのかい?」
おれに小声でそう聞く。
「そうですよ。将棋部の顧問です」
「うそだろ。たかが、顧問がこんなに強いわけがない」
「実は先生の将棋を見たことがないんですが、そんなに強いんですか?」
「怪物だ。普通の世界で生きていた将棋じゃない。どんだけの修羅場をくぐり抜けてきたんだよ」
「そこまで……」
「ああ、おれは県代表経験者で、全国でもいいところまでいったけど、あの先生みたいなおそろしいやつにあったことはないぜ。あれはやばい。まるで、殺し屋だ」
この男の人は県代表経験者なのか。ということは、アマチュア四段くらいの実力だろう。それを軽くひねりつぶしたということは、アマチュア五段以上…… アマチュアのタイトルホルダークラスっ……
「よし、みんな約束通り酒飲みにいきましょう。今日はとことん飲むぞ~」
そう言って先生は、おじさんたちを拉致していった。
どうして、こうなった……
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用語解説
アマチュア段位……
一般的な最高位は六段。
六段→アマチュア全国大会の優勝者クラス(高柳先生?)
五段→全国大会の準優勝者クラス(高柳先生?)
四段→県の代表者レベル(米山部長)
三段→県大会上位クラス(桂太、かな恵)
二段→県大会予選突破レベル(文人)




