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第八十三話 苦悶のラブコメ

「負けました」

 かな恵は、うつむいて投了を宣言した。今回の対局は、完全におれのペースだった。手詰まり状態となったかな恵は穴熊を目指した。しかし、それによってバランスを大きく崩したのだ。おれはそれを見逃さずに一気に攻め込む。


挿絵(By みてみん)


 中途半端な穴熊の陣形になってしまったかな恵は守備力が脆弱となってしまっていた。その中途半端な穴熊よりは、おれの陣形のほうが堅かった。なので、おれは振り飛車のお株を奪うように自分の駒を捌いた。


 捌き。これは振り飛車の考え方だが、居飛車にも応用できる。自分の陣形が相手よりも堅ければ採用できるのだ。おれは部長の四間飛車の将棋を1年も間近でみてきた。だからこそ、その方法については自信があった。


 自陣の堅さをいかした戦い方で、おれは優勢を築き、そのまま押し切る。かな恵は力なく指し続けて、ミスが発生し敗れた。


 優勢であれば、圧倒的な強さを見せるかな恵の将棋だが、劣勢になるともろい側面があった。そして、その状態のかな恵はいつも以上につらそうになる。


 まるで、自分のすべてが否定されたような表情をみているとおれも辛かった。


「かな恵はどうして将棋をするときは、そんなに辛そうなの?」

 おれは、たまらず聞いてしまった。


「わたしは、勝たなくちゃいけないんです」

 かな恵は絞り出すように答えた。


「そんなプロじゃないんだから」

「……」

 おれの軽口に彼女はなにも答えなかった。


 モニターでは、木島王龍のインタビューが放送されている。

「今回の勝利を誰に一番最初に報告したいですか」

 記者が勝者に聞いていた。


「家族と、師匠に伝えたいです」

 王龍は淡々と答える。

 たしか、王龍の師匠は、若くして亡くなっている。だから、お墓参りしたいということだろな。かな恵の気分が落ち着くまでおれはモニターの映像を眺めていた。


 ※


「すいません。お待たせしました。感想戦お願いします」

 少し時間をおいたあとに、かな恵はいつもの笑顔になっていた。よかった、どうやら落ち着いたみたいだ。


「うん」

 おれも穏やかに答えた。


「どこから悪くなりましたかね」

「う~ん、捌きが成立したあたりかな? 守備力の堅さで勝っていたから、かなり動きやすかったよ」

「そうですよね。無理に穴熊にしなければよかったです。あそこでバランスが崩れました。完全に暴発です」


「でも、陽動振り飛車には、完全にやられたよ。袖飛車との奇襲二段重ねでくるなんて予想外だった」

「本当は袖飛車でいこうと思ったんですが、あまりにも兄さんが堅くて鋭かったので、ちょっとドキドキしちゃいました。それで心配になって、動いちゃったんですよね」

「なるほど、じゃああれはしかたなくというところなんだね」

「もっと固くしようと思ったんですが、兄さんの攻めが思った以上に鋭かったです」

「ああ、完璧だったでしょう。快勝譜ですごく気持ちよかった」

「ですよね。あれはすごすぎました」


 そんな話をしていると戸が急に開いた。そこには青ざめた尚子さんが立っていた。いつの間にか帰っていたようだ。


「ねえ、あなたたち何をしていたの?」


 そう言われておれたちは気がつく。この会話の危うさに……


「この前も…… まさか……」


「将棋の話ですってえええええ」

 ふたりの絶叫が家中にこだました。

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