第八十話 ノーガード
ついに攻撃がはじまる瞬間で、夕食休憩となった。ふたりとも、うどんやおにぎりなど軽食で済ませるらしい。対局中は、ご飯を食べすぎると眠くなるという理由で、軽食で済ませるプロが多い。もちろん、「チキンカツ定食」と「カキフライ定食」を2つ同時に食べる老兵もいるにはいるんだけど……
「おれたちもご飯にしようか」
「はい」
将棋めしを見ているとお腹がすく。なんで、あのご飯映像はあんなに美味しそうに見えるんだろうか。
「では、休憩中は、解説の飯野田八段による戦法解説です」
それを聞いて、かな恵がびくっとした。あっ、これは聞きたそうだ。少し忖度してやろう。お兄ちゃんっぽいことしてみたいし。下心丸見えだが、おれはかな恵に言う。
「じゃあ、おれが簡単なやつを作ってくるから、かな恵はゆっくり見ていてよ」
「えっ、でも……」
ちょっと遠慮がちで、それでもどこか嬉しそうな妹だった。
「いいって、いいって。兄貴にかっこつかせてよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「おにぎりと味噌汁でいいよね」
「ありがとうございます……」
※
おれは台所で、おにぎりを作る。具材は、買い置きしていたツナと昆布だ。
味噌汁は適当に豆腐と乾燥わかめで済ませる。簡単な夕食だ。これを食べながら、将棋をみることにしよう。
※
「できたよ」
「すいません。パソコン借りて、ごはんまで作ってもらって……」
「いいよ。いいよ」
解説講座はちょうど中盤くらいだった。この変化って、部長と勉強したところだ。
「すごく美味しいです。やさしい味で。お父さんがつくってくれたおにぎりを思い出します」
ここでいうところのお父さんは、亡くなったお父さんのことだろう。あんまり、深く聞かないことにする。
「かな恵は、どっちを応援しているの?」
「木島王龍です。父が大ファンだったので」
「そっか」
「ごめんなさい。暗い話になってしまいますね」
かな恵は、ちょっと目を伏せる。
「あっ、対局が再開されましたね」
かな恵はわざとらしく話題を避けた。おれも察する。
※
名人の猛攻がはじまった。あまりにも苛烈な攻撃によって、王龍の陣地はズタズタに崩された。お互いにノーガードの撃ちあい状態となっているため、王龍の攻撃も、名人の間近にまで迫っていった。
もはや、アマチュアのおれたちじゃ想像もできないゆがんだ世界だ。どちらが形勢的に有利なのか、詰みはあるのか、考えてもわからない。
ノーガードの撃ちあいをおこなっていた王龍が一転守りに転じた……




