第七十八話 生放送
「うん、いいよー。おれも観るつもりだったし」
おれは、完全なる棒読みで答える。
にく生とは、「にくにく動画」の生放送のことである。にくにく動画は、将棋配信のパイオニア的な存在で、コンピュータ将棋から順位戦、タイトル戦まで幅広い将棋コンテンツを配信している動画サービスである。将棋は人気コンテンツなので、視聴制限がかかったりで、なかなか生放送をみることができないのだ。
「ありがとうございます。パソコンの調子が悪くて、動画が固まってしまって」
なるほど、やはり重度の将棋オタだ。すでにプレミアム課金しているようだ。さすがは、我が義妹である。
「あれ、ところで、バンドの放送みるって言ってなかったっけ?」
パソコンを操作しながら、おれはかな恵の矛盾点に気がついてしまった。
「う……」
かな恵の顔が濁っていく。
「……」
「……」
ふたりの間に無言の時間が続いていく。
「じつは、将棋の生放送を喜んでみるために走って帰る女って思われたくなくて、嘘をつきました」
やっぱりな。
「別に、おれに隠さなくたっていいじゃない」
かな恵は、下を向いて小声で言う。
「兄さんだから、言いたくなかったんです。少しは取り繕いたいんだもん」
うっ、かわいい。おれはうつむく彼女の可愛さになにも言えなかった。
まあ、たしかに、年頃の女性だから、将棋とは言え「オタク」っぽいと思われたくないと考えるのもわからなくはない。周囲にいた女性が、部長みたいに、大雑把、もとい、おおらかなひとしかいなかったから、普通の乙女心というものを理解していなかった。たしかに、かな恵は部長と比べて、明らかに繊細だし、女子女子しているし、流行にも敏感だし……
あれ、よく考えたらうちの義妹ってすごくポイント高い?
こんな高スペック妹は、モテますわ~ 将棋も強いし…… カーストの頂点とは、ここまでおそろしいモンスタースペックなのか。絶句しながら、部長もカースト最上位だということは、おれの頭の中で封印していた。
「ごめんなさい。必死過ぎだと思って、引きますよね。こんなの……」
かな恵はさらに落ちこむ。
その様子がさらにかわいい。完全に変態兄貴と化している自覚はあった。だが、我が変態人生に一片の悔いなし。
「大丈夫だよ。そんなことを考えているかな恵もかわいいよ」
おれは、本音をストレートにぶちまけた。
「か、か、かわいい? 本当に?」
「嘘なんかつかないよ。そう言う風に気にしているかな恵は最高にかわいいよ」
あおうおあういあう。かな恵はわけのわからない言葉をはいていた。
「そうやって、兄さんは、無意識に……」
頭から湯気がでるほど赤くなるかな恵は最高にかわいい妹だった。




