第七十六話 本命
「えっ、本命?」
「なに変な声を出してるんだよ。そりゃあ、おまえだって健全な男子高生だろ。あんなカワイ子ちゃんたちに囲まれてりゃ、ちょっとぐらいぐらッとすることくらいあるだろう?」
あうあう。うまく言葉にだせない動揺だ。
「やっぱり、米山先輩か? 一時期、うわさになっていたもんな。すげえフレンドリーで、かわいくて、面倒見もよい。成績だって抜群だ。最高の先輩だろ」
たしかに、部長は学内でも人気があるし、カリスマ性のおかげでいろんな場面で重要な役割を持っている。
でも、将棋部内では、下ネタ大好き変態部長みたいなイメージになっている。一般人とそうでない人との評価の差が激しいひとだ。たしかに、魅力的だし、憧れの女性ではあったんだけどさ。ほっぺにキスまでされたし……
「でも、あの新入生。源葵さんだっけ? 彼女も一年の間ではすごえ人気らしいじゃん。かわいいし、気が利くし、ニコニコしているし、もうメロメロって声聞くぞ。後輩がそう言っていた」
本当に後輩かよ。なんか私情がかなり入っているイメージだけど……
「そんなやつに、うちの葵ちゃんは渡さんからな」
おれは自然と口が開いた。
「お、お父さん?」
ああ、心境はもうそうだ。あんなかわいい愛娘を他人に取られたくない。これが娘をもった父親の心境だとすれば、間違いなくそうだと断言できる。もし、葵ちゃんに彼氏でもできようもんなら、おれが将棋で相手の駒を全駒して、こころをへし折ってくれようぞ。
「じゃあ、かな恵ちゃんかよ? たしかに、一年の中心的な女子になりつつあるし、きれいでおしとやかだけど、さすがに妹はな~ ブラコンすぎんだろう」
うっ、ブラコン。お兄ちゃん歴一カ月未満でブラコン呼ばわりされてしまった。ちょっとどころじゃない動揺がおれのなかで広がる。おれって、もしかしてブラコンなんだろうか。変な心配が浮かび上がる。
「そもそも、あんなに綺麗な妹がいるならどうして教えなかったんだよ。水くさいぞ~」
いや、突然、できたんです。そんな電波トークは信じてもらえないだろうからおれは飲み込む。
「あと、桂太って、妹とあんまり似てないよな~」
ドキっとする。もしかして、ばれた……
「それって、桂太がブサイクってことかよ」
誰かがそう言って、みんなが笑いだした。よかった。詳しく聞かれずに話が流れた。
(本命か……)
馬鹿な男子高校生のノリの発言だが、考えてしまう。おれは、みんなのことをどう思っているんだろうか。よくわからない。




